圭佑と女神の配信劇
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本ページは、順文学の貴重な資料の保存のため、更新があった際は旧版を削除せず、第2版、第3版として転載を行っております。各話の表示方法につきましては現在別案を調査中ですので、ご不便をおかけし大変恐縮ですが今しばらくお待ち下さいませ。
男の反撃。配信劇が始まる。
圭佑と女神の配信劇は、2025年7月8日よりカクヨムにて連載が開始された大物小説家である浜川裕平先生の十年ぶりの新作となるネット小説である。
以下概要
※この作品は、作者の魂と実体験を核として、アイデア出し、プロット構築、表現のブラッシュアップ等の過程で、対話型AIの支援を受けて執筆されました。全ての最終的な文章と物語の決定は、作者自身の判断によるものです。最高のエンターテイメントをお届けするため、新たな創作の形に挑戦しています。
ネットの悪意に社会的に殺された、底辺配信者の神谷圭佑。絶望の底で彼が出会ったのは、財閥令嬢を名乗る、美しい女神だった。個性豊かな女神たちと共に、自らを貶めた世界に、反撃の狼煙を上げる!
目次
- 第1話 世界が死んだ日(旧1話)
- 第1話 転落
- 第1話 転落(第2版)
- 第1話 転落(第3版)
- 第2話 天神姉妹
- 第2話 天神姉妹(第2版)
- 第2話 天神姉妹(第3版)
- 第2話 天神姉妹(第4版)
- 第3話 新生活
- 第3話 新生活(第2版)
- 第4話 覚醒の王
- 第4話 覚醒の王(第2版)
- 第4話 覚醒の王(第3版)
- 第5話 悪魔の正体
- 関連項目
第1話 世界が死んだ日(旧1話)
いつか有名になりたい。そんな漠然とした夢を抱き、俺は動画投稿を始めた。だが現実は、製氷工場と自宅を往復するだけの、色のない毎日だ。
自作の曲を「パクリだ」と炎上させられ、心がささくれ立っていた俺に、少しだけ登録者が多い同業者から、DMが届いた。 「炎上して大変ですね。俺も経験あるので辛いですよね。良かったらコラボしませんか? 話聞きますよ」。俺は、藁にもすがる思いで、それを承諾した。
職場の更衣室。端のロッカーで先輩の田中が、スマホで俺のチャンネルを見ながら「自作曲炎上したのにまだやってんの?」と粘つくような視線を向けてくる。彼のロッカーの内側には、地雷系アイドル『YORU』とのチェキ。「俺、YORUちゃんと繋がってんだぜ」と自慢げに囁く彼を無視し、俺は二つ隣のロッカーで作業服に着替える。休憩時、事務所の隅で事務員の女が冷たい目でこちらを観察していた。
土曜のコラボ配信で、俺は完全に「道化」にされた。アンチコメントを拾って笑う配信者。追い詰められた俺は、虚勢を張ってこう言ってしまう。「アンチ? うちは『笑顔』で返すのがモットーなんで」。この不用意な一言が、地獄の釜の蓋を開けた。
週末、家族で外出した隙に、アンチが家に不法侵入し、その様子を生配信した。冷蔵庫の中身、庭に干した洗濯物、仏間の祖父母の遺影までリアルタイムで掲示板に晒された。帰り際、父のスマホに警察から電話がかかり、父は車を道路脇に停めた。視聴者からの通報で、帰宅した俺たちを待っていたのは、赤色灯を回すパトカーだった。リビングで、刑事から被害届の作成を求められる。父は、感情を殺した顔で、それにサインした。刑事が、ぽつりと漏らす。「…まあ、一番悪いのはやった奴ですが、息子さんにも、何か原因があったんじゃないですか?」その言葉が、父の心の最後の壁を破壊した。
その翌日から、地獄が日常になった。毎朝、パトカーが家の前に迎えに来て、俺は一日中、警察署で事情聴取を受ける。昼食は、刑事に付き添われ、パトカーでコンビニに行き、パンとジュースを買い食いするだけ。会社には「事情聴取で休みます」と、震える声で電話を入れた。そんな日々が、一週間続いた。
父は「ご近所には謝りに行くぞ」と、俺を連れて頭を下げて回った。近所のおばあさんが「うちのポストに、こんなものが…」と、俺を中傷する葉書を気まずそうに持ってくる。別のおばあさんは「あんたのせいかねぇ。最近、夜中に変な無言電話がかかってきて、怖くて電話に出られないんだよ…」と涙ぐんだ。昨日まで同情してくれていたおじさんは、「おい、お前のせいか! うちにも変な宗教の勧誘が毎日来るようになったぞ!」と、血相を変えて怒鳴り込んできた。
地獄のような年末が過ぎ、年が明けた。元旦。俺たち家族は、重苦しい沈黙の中でおせちを囲んでいた。その静寂を破ったのは、郵便受けに投函された、数枚の「年賀状」だった。差出人の名前はない。『あけましておめでとう! 今年もKスケの炎上、楽しみにしてるぜ!』『おい!家族!息子がネットで大暴れしてやんよw』。これを見た母は、声もなく泣き崩れた。
正月休みが明け、俺は、鉛のように重い体を引きずって職場へと向かった。事務所に入ると、同僚たちの視線が、針のように突き刺さる。ロッカー室で、田中がニヤニヤしながら近づいてきた。「よう、圭佑。有名人は大変だなあ? うちの親戚にも、お前のこと中傷する葉書、届いたらしいぜ?」その顔は、明らかに俺の不幸を愉しんでいた。
夏。俺の元に、一枚の「暑中見舞い」が届いた。卑猥な水着アイドルの写真に、祖母の遺影の顔がコラージュされた、あの悪夢のような画像だった。
ボロボロの俺は、最後の救いを求め、出会い系アプリで『かりん』と出会った。時を同じくして、SNSのDMでは古参ファンの『リナちゃん』だけが、俺を励まし続けてくれた。だが、『かりん』は、俺を待ち合わせ場所で放置し、その惨めな姿をネットに晒した、悪質な釣りアカウントだった。そのことを教えてくれたのは、『リナちゃん』だった。俺の中で、彼女は唯一の女神になった。
そして、全てを終わらせる最後の一撃が、届いた。
リビングのテーブルの上に、一通の封筒。中身は、『かりん』と交わした、みっともないDMの、全てのスクリーンショットだった。母は、これを見てしまったのだ。
「圭佑……これ、本当なの?」
母の声は震えていた。俺を責める響きはない。ただ、深い、深い、悲しみだけがあった。
「馬鹿息子で悪かったな!」
自暴自棄に叫び、俺は二階に駆け上がった。
その日、俺の世界は、完全に死んだ。
神谷圭佑という一人の人間が持つ、尊厳の、完全なる死だった。
憎悪。屈辱。絶望。
だが、その、どす黒い感情の底で、一つの、冷たい決意が生まれていた。
――俺の人生のすべてを懸けて、必ず、見つけ出し。
この手で、地獄の底に、引きずり下ろしてやる。
第1話 転落
コンピュータ専門学校を卒業間近で中退した。親の金で行かせてもらった学校だった。担任からの電話も無視し、俺は自ら社会とのレールを外れた。親は無駄金をドブに捨てたと嘆いただろう。俺は正真正銘の親不孝者だ。神谷圭佑、28歳。製氷工場で働く傍ら、底辺動画投稿者として燻っている。かつては引きこもりだった。
社会復帰への道は、想像以上に険しかった。
工場の検品作業では計算ミスを怒鳴られ、派遣の現場では童顔のせいで高校生と間違われ、誰とも馴染めず一週間で辞めた。ヨットハーバーの仕事では、オーナーの奥さんが出してくれるケーキは美味かったが、俺の不注意で子供を泣かせてしまい、居場所を失った。なけなしの給料で妹に携帯ゲーム機を買ってやったのが、唯一の救いだった。
そして、最後に流れ着いたのが、この製氷工場だった。
ガシャン、ガシャン、と単調な機械音が響く。ラインから流れてくる氷袋が詰まった箱を、俺は寸分の狂いなくパレットに積み上げていく。頭を空っぽにしてできる、単純作業。
その時、けたたましいブザー音が工場内に鳴り響いた。
俺は即座に駆け寄る。ライン上で氷袋が破裂し、純白の結晶がフロアに散らばっていた。ほうきとチリトリを手に駆けつけた俺の横で、分厚い製氷室の扉が開き、もわりと冷気が溢れ出す。防寒着を着込んだ作業員が顔を出し、機械を覗き込んだ。
「あーあ。調子良かったのになあ」
その呟きに返事もせず、俺は黙々と氷を片付けた。
人手不足で即採用。物覚えの良さを買われ、ラインと製氷室を任されるようになった。機械と向き合う仕事は、コミュ障の俺には天職に思えた。気づけば三年が経ち、稼いだ金で機材を揃え、「K」という名で動画投稿を始めて二年が過ぎていた。再生数は伸びず、アンチコメントすらない、空気のようなチャンネル。それが俺の立ち位置だった。
職場はパートのおばちゃんばかりで華はないが、なぜか可愛がられ、昼休憩に訪れる保険営業の佐々木さんが、俺の唯一の癒やしだった。
「神谷さん、こんにちはっ」
休憩スペースの隅に座る俺に、スーツ姿の彼女はいつも笑顔で声をかけてくれる。黒髪のポニーテールが揺れるたび、ふわりと香るシャンプーの匂いが、汚れた作業服を着た自分をひどく惨めにさせた。
「良かったら保険入りませんか?」
「……遠慮しときます」
陰キャ全開の返事に、彼女は営業スマイルを崩さず「また来ますねっ」と言って去っていく。その眩しさから逃げるように俯くのが、俺の日課だった。
そんな日常に、亀裂が入る。
「佐々木さん、可愛いよな。最近彼氏と別れたらしいぞ」
先輩の田中が、俺の隣のロッカーを開けながらニヤニヤしている。彼のロッカーには地雷系アイドルYORUのチェキが貼ってあった。
「いきなり連絡先聞くのは、ハードル高いですって」
俺が顔を逸らすと、田中は豪快に俺の肩を叩いた。
「冗談だよ。――それより圭佑、明日休みだろ? Kチャンネルの動画、撮るのか? 楽しみにしてるぜ」
心臓が凍りついた。下の名前で呼ばれる不快感と、知られたくない聖域を暴かれた衝撃が同時に襲う。
「……なんで、知ってるんですか」
「そりゃお前、職場の人間がやってたら見るだろ」
彼は悪びれもせず笑い、長靴の音を鳴らして現場へ戻っていく。やりづらい。自分の世界に、土足で踏み込まれた気分だった。
その週末、事件は起きた。
俺がフリーゲーム実況のオープニングに使った、なけなしのプライドである自作曲。それが悪意ある第三者によって別の動画サイトに無断転載されたのだ。カッとなった俺は「俺の曲です。削除してください」とコメントしてしまう。
そのスクリーンショットが「作者、降臨して発狂w」というタイトルで拡散され、瞬く間に炎上した。
『消しても増えますw』
『ざまあw』
『曲も動画もつまんねえw』
弾幕のように流れる誹謗中傷。スマホを開くたび、無数のナイフが突き刺さるようだった。俺のチャンネルにもアンチが押し寄せ、コメント欄は地獄と化した。心が折れ、動画を更新できずにいると、同業者の今宮という男からSNSにDMが届いた。
『炎上大変ですね。ダンマリは良くないですよ? 良ければコラボしませんか?』
この地獄から抜け出せるなら、悪魔にだって魂を売る。そんな思いで、俺はその誘いに乗ってしまった。
休日、自暴自棄になった俺は、注目を集めようと「自宅紹介動画」を投稿した。親がいない隙を狙って撮ったその動画に、テレビ台に置かれた『〇〇宿舎』と書かれた入居資料が一瞬映り込んでいることに、気づく余裕はなかった。
今宮とのコラボ配信で、俺は道化にされた。
「アンチに特定されるものが映ってますよ?」
正義を気取る今宮に、俺の自宅紹介動画を晒し上げられる。追い詰められた俺は、訳もわからず口走っていた。
「特定されても、うちは笑顔で返しますよ」
最悪の失言だった。コラボ後、今宮は俺を肴にアンチコメントを拾って笑いものにしていた。
匿名掲示板では、俺の自宅が特定されるまで時間はかからなかった。『〇〇宿舎』という情報と、去年の夏に投稿した宿舎の踊り場から撮った花火大会の動画。二つの情報から、部屋番号まで完璧に割り出されていた。
地獄は、そこから始まった。
夜23時、インターホンが鳴った。モニターにはフードを目深にかぶった男。「Kさんに会いに来ました」。父が応対し、なんとか追い返してくれた。翌朝、ポストに投函されていたのは、くしゃくしゃのティッシュに包まれたカッターナイフの替刃と、『明日メッタ刺しにしてやんよw』という殺害予告だった。
ネットの中の悪意は、現実の脅威へと姿を変えた。
「親に虐待されている」という虚偽のメール通報で警察が来た。ノートパソコンと父の携帯が調べられ、家族にまで疑いの目が向けられた。深夜には宿舎の火災報知器が鳴り響き、消防車が出動する騒ぎになった。消防隊員が調べた結果、原因は外部の火災警報器を鳴らされたアンチの悪戯だった。
そして、ゴールデンウィークを目前に控えたある日。二人の刑事が、うちの玄関のドアを叩いた。
「神谷圭佑さんですね? 市役所の掲示板に、あなたの名前で爆破予告がありました。書き込みは、あなたの自宅のパソコンからです。署までご同行を」
刑事が突きつけたコピー用紙には、高性能爆弾を仕掛けたという物騒な文章と、動かぬ証拠であるうちのIPアドレスが記されていた。
「ご同行願います」
冷たい金属の感触が、俺の手首に巻き付く。
どうなってんだ?
パトカーに押し込まれる直前、玄関先で呆然と立ち尽くす母の姿が見えた。遠巻きに俺を見る宿舎の住民たちの視線が、好奇と軽蔑の色を帯びて突き刺さる。 俺の人生は、ここで終わった。
第1話 転落(第2版)
コンピュータ専門学校を卒業間近で中退した。親の金で行かせてもらった学校だった。担任からの電話も無視し、俺は自ら社会とのレールを外れた。親は無駄金をドブに捨てたと嘆いただろう。俺は正真正銘の親不孝者だ。神谷圭佑、28歳。製氷工場で働く傍ら、底辺動画投稿者として燻っている。かつては引きこもりだった。
社会復帰への道は、想像以上に険しかった。
工場の検品作業では計算ミスを怒鳴られ、派遣の現場では童顔のせいで高校生と間違われ、誰とも馴染めず一週間で辞めた。ヨットハーバーの仕事では、オーナーの奥さんが出してくれるケーキは美味かったが、俺の不注意で子供を泣かせてしまい、居場所を失った。なけなしの給料で妹に携帯ゲーム機を買ってやったのが、唯一の救いだった。
そして、最後に流れ着いたのが、この製氷工場だった。
ガシャン、ガシャン、と単調な機械音が響く。ラインから流れてくる氷袋が詰まった箱を、俺は寸分の狂いなくパレットに積み上げていく。頭を空っぽにしてできる、単純作業。
その時、けたたましいブザー音が工場内に鳴り響いた。
俺は即座に駆け寄る。ライン上で氷袋が破裂し、純白の結晶がフロアに散らばっていた。ほうきとチリトリを手に駆けつけた俺の横で、分厚い製氷室の扉が開き、もわりと冷気が溢れ出す。防寒着を着込んだ作業員が顔を出し、機械を覗き込んだ。
「あーあ。調子良かったのになあ」
その呟きに返事もせず、俺は黙々と氷を片付けた。
人手不足で即採用。物覚えの良さを買われ、ラインと製氷室を任されるようになった。機械と向き合う仕事は、コミュ障の俺には天職に思えた。気づけば三年が経ち、稼いだ金で機材を揃え、「K」という名で動画投稿を始めて二年が過ぎていた。再生数は伸びず、アンチコメントすらない、空気のようなチャンネル。それが俺の立ち位置だった。
職場はパートのおばちゃんばかりで華はないが、なぜか可愛がられ、昼休憩に訪れる保険営業の佐々木さんが、俺の唯一の癒やしだった。
「神谷さん、こんにちはっ」
休憩スペースの隅に座る俺に、スーツ姿の彼女はいつも笑顔で声をかけてくれる。黒髪のポニーテールが揺れるたび、ふわりと香るシャンプーの匂いが、汚れた作業服を着た自分をひどく惨めにさせた。
「良かったら保険入りませんか?」
「……遠慮しときます」
陰キャ全開の返事に、彼女は営業スマイルを崩さず「また来ますねっ」と言って去っていく。
事務所のカウンターの方へ向かう彼女の後ろ姿を、俺は目で追っていた。
「佐々木さん、お疲れ様です」カウンターの内側から、若い女性事務員の相川が声をかけた。彼女とも挨拶くらいしか交わしたことがない。いつも完璧に整頓された彼女のデスクのように、その表情からは一切の感情が読み取れなかった。
「相川さんもお疲れ様っ。彼氏とうまくいってます?」
「お互い仕事が忙しくて会えてないかな。佐々木さんは?」
「微妙ですねっ。営業に行かないと。これから二件回るんです」
「わあ、大変ですね。頑張ってくださいね」
「相川さんも。お互い頑張りましょう」
働く若い女性同士の、軽やかで、温かいやり取り。俺はその光景を、分厚いガラスの向こう側から眺めているような気分だった。俺の世界と、彼女たちの世界は、決して交わらない。
そんな日常に、亀裂が入る。
「佐々木さん、可愛いよな。最近彼氏と別れたらしいぞ」
先輩の田中が、俺の隣のロッカーを開けながらニヤニヤしている。彼のロッカーには地雷系アイドル『YORU』のチェキが貼ってあった。
「いきなり連絡先聞くのは、ハードル高いですって」
俺が顔を逸らすと、田中は豪快に俺の肩を叩いた。
「冗談だよ。――それより圭佑、明日休みだろ? Kチャンネルの動画、撮るのか? 楽しみにしてるぜ」
心臓が凍りついた。下の名前で呼ばれる不快感と、知られたくない聖域を暴かれた衝撃が同時に襲う。
「……なんで、知ってるんですか」
「そりゃお前、職場の人間がやってたら見るだろ」
彼は悪びれもせず笑い、長靴の音を鳴らして現場へ戻っていく。やりづらい。自分の世界に、土足で踏み込まれた気分だった。
その週末、事件は起きた。
俺がフリーゲーム実況のオープニングに使った、なけなしのプライドである自作曲。それが悪意ある第三者によって別の動画サイトに無断転載されたのだ。カッとなった俺は「俺の曲です。削除してください」とコメントしてしまう。
そのスクリーンショットが「作者、降臨して発狂w」というタイトルで拡散され、瞬く間に炎上した。
『消しても増えますw』
『ざまあw』
『曲も動画もつまんねえw』
弾幕のように流れる誹謗中傷。スマホを開くたび、画面の向こうの見えない群衆が、一斉に石を投げてくるような感覚に襲われた。俺のチャンネルにもアンチが押し寄せ、コメント欄は地獄と化した。心が折れ、動画を更新できずにいると、同業者の今宮という男からSNSにDMが届いた。
『炎上大変ですね。ダンマリは良くないですよ? 良ければコラボしませんか?』
この地獄から抜け出せるなら、悪魔にだって魂を売る。そんな思いで、俺はその誘いに乗ってしまった。
休日、自暴自棄になった俺は、注目を集めようと「自宅紹介動画」を投稿した。親がいない隙を狙って撮ったその動画に、テレビ台に置かれた『〇〇宿舎』と書かれた入居資料が一瞬映り込んでいることに、気づく余裕はなかった。
今宮とのコラボ配信で、俺は道化にされた。
「アンチに特定されるものが映ってますよ?」
正義を気取る今宮に、俺の自宅紹介動画を晒し上げられる。追い詰められた俺は、訳もわからず口走っていた。
「特定されても、うちは笑顔で返しますよ」
最悪の失言だった。コラボ後、今宮は俺を肴にアンチコメントを拾って笑いものにしていた。
匿名掲示板では、俺の自宅が特定されるまで時間はかからなかった。『〇〇宿舎』という情報と、去年の夏に投稿した宿舎の踊り場から撮った花火大会の動画。二つの情報から、部屋番号まで完璧に割り出されていた。
地獄は、そこから始まった。
夜23時、インターホンが鳴った。モニターにはフードを目深にかぶった男。「Kさんに会いに来ました」。父が応対し、なんとか追い返してくれた。翌朝、ポストに投函されていたのは、くしゃくしゃのティッシュに包まれたカッターナイフの替刃と、『明日メッタ刺しにしてやんよw』という殺害予告だった。
ネットの中の悪意は、現実の脅威へと姿を変えた。
「親に虐待されている」という虚偽のメール通報で警察が来た。ノートパソコンと父の携帯が調べられ、家族にまで疑いの目が向けられた。深夜には宿舎の火災報知器が鳴り響き、消防車が出動する騒ぎになった。消防隊員が調べた結果、原因は外部の火災警報器を鳴らされたアンチの悪戯だった。
そして、ゴールデンウィークを目前に控えたある日。二人の刑事が、うちの玄関のドアを叩いた。
「神谷圭佑さんですね? 市役所の掲示板に、あなたの名前で爆破予告がありました。書き込みは、あなたの自宅のパソコンからです。署までご同行を」
刑事が突きつけたコピー用紙には、高性能爆弾を仕掛けたという物騒な文章と、動かぬ証拠であるうちのIPアドレスが記されていた。
「ご同行願います」
冷たい金属の感触が、俺の手首に巻き付く。
どうなってんだ?
パトカーに押し込まれる直前、玄関先で呆然と立ち尽くす母の姿が見えた。遠巻きに俺を見る宿舎の住民たちの視線が、好奇と軽蔑の色を帯びて突き刺さる。
俺の積み上げてきた、ちっぽけな人生が、音を立てて崩れていくのが聞こえた。
第1話 転落(第3版)
コンピュータ専門学校を卒業間近で中退した。親の金で行かせてもらった学校だった。担任からの電話も無視し、俺は自ら社会とのレールを外れた。親は無駄金をドブに捨てたと嘆いただろう。俺は正真正銘の親不孝者だ。神谷圭佑、28歳。製氷工場で働く傍ら、底辺動画投稿者として燻っている。かつては引きこもりだった。
社会復帰への道は、想像以上に険しかった。
工場の検品作業では計算ミスを怒鳴られ、派遣の現場では童顔のせいで高校生と間違われ、誰とも馴染めず一週間で辞めた。ヨットハーバーの仕事では、オーナーの奥さんが出してくれるケーキは美味かったが、俺の不注意で子供を泣かせてしまい、居場所を失った。なけなしの給料で妹に携帯ゲーム機を買ってやったのが、唯一の救いだった。
そして、最後に流れ着いたのが、この製氷工場だった。
ガシャン、ガシャン、と単調な機械音が響く。ラインから流れてくる氷袋が詰まった箱を、俺は寸分の狂いなくパレットに積み上げていく。頭を空っぽにしてできる、単純作業。
その時、けたたましいブザー音が工場内に鳴り響いた。
俺は即座に駆け寄る。ライン上で氷袋が破裂し、純白の結晶がフロアに散らばっていた。ほうきとチリトリを手に駆けつけた俺の横で、分厚い製氷室の扉が開き、もわりと冷気が溢れ出す。防寒着を着込んだ作業員が顔を出し、機械を覗き込んだ。
「あーあ。調子良かったのになあ」
その呟きに返事もせず、俺は黙々と氷を片付けた。
人手不足で即採用。物覚えの良さを買われ、ラインと製氷室を任されるようになった。機械と向き合う仕事は、コミュ障の俺には天職に思えた。気づけば三年が経ち、稼いだ金で機材を揃え、「K」という名で動画投稿を始めて二年が過ぎていた。再生数は伸びず、アンチコメントすらない、空気のようなチャンネル。それが俺の立ち位置だった。
職場はパートのおばちゃんばかりで華はないが、なぜか可愛がられ、昼休憩に訪れる保険営業の佐々木さんが、俺の唯一の癒やしだった。
「神谷さん、こんにちはっ」
休憩スペースの隅に座る俺に、スーツ姿の彼女はいつも笑顔で声をかけてくれる。黒髪のポニーテールが揺れるたび、ふわりと香るシャンプーの匂いが、汚れた作業服を着た自分をひどく惨めにさせた。
「良かったら保険入りませんか?」
「……遠慮しときます」
陰キャ全開の返事に、彼女は営業スマイルを崩さず「また来ますねっ」と言って去っていく。
事務所のカウンターの方へ向かう彼女の後ろ姿を、俺は目で追っていた。
「佐々木さん、お疲れ様です。もう帰っちゃうんですか?」カウンターの内側から、事務員の若い女性が声をかけた。
「営業に行かないと。これから二件回るんです」
「わあ、大変ですね。頑張ってくださいね」
「相川さんも。お互い頑張りましょう」
働く女性同士の、軽やかで、温かいやり取り。俺はその光景を、分厚いガラスの向こう側から眺めているような気分だった。あの事務員の女性とも、挨拶くらいしか交わしたことがない。俺の世界と、彼女たちの世界は、決して交わらない。
そんな日常に、亀裂が入る。
「佐々木さん、可愛いよな。最近彼氏と別れたらしいぞ」
先輩の田中が、俺の隣のロッカーを開けながらニヤニヤしている。彼のロッカーには地雷系アイドル『YORU』のチェキが貼ってあった。
「いきなり連絡先聞くのは、ハードル高いですって」
俺が顔を逸らすと、田中は豪快に俺の肩を叩いた。
「冗談だよ。――それより圭佑、明日休みだろ? Kチャンネルの動画、撮るのか? 楽しみにしてるぜ」
心臓が凍りついた。下の名前で呼ばれる不快感と、知られたくない聖域を暴かれた衝撃が同時に襲う。
「……なんで、知ってるんですか」
「そりゃお前、職場の人間がやってたら見るだろ」
彼は悪びれもせず笑い、長靴の音を鳴らして現場へ戻っていく。やりづらい。自分の世界に、土足で踏み込まれた気分だった。
その週末、事件は起きた。
俺がフリーゲーム実況のオープニングに使った、なけなしのプライドである自作曲。それが「月影げつえい」と名乗る謎のアカウントによって、悪意ある第三者の手で別の動画サイトに無断転載されたのだ。カッとなった俺は「俺の曲です。削除してください」とコメントしてしまう。
そのスクリーンショットが「作者、降臨して発狂w」というタイトルで拡散され、瞬く間に炎上した。
『消しても増えますw』
『ざまあw』
『曲も動画もつまんねえw』
弾幕のように流れる誹謗中傷。だが、地獄はそれだけでは終わらなかった。
いつしか、匿名掲示板では、まことしやかにこう囁かれるようになっていた。
『この「月影」って奴、本当に実在すんの?』
『話題作りのための、Kスケの自作自演じゃね?』
その声は瞬く間に勢いを増し、「売名乙」「悲劇のヒーロー気取りが痛々しい」という、新たな非難の嵐が俺を襲う。俺は、加害者であるはずの「月影」ではなく、売名のために炎上を仕掛けた卑劣な男として、世間から断罪されたのだ。
スマホを開くたび、無数のナイフが突き刺さるようだった。俺のチャンネルにもアンチが押し寄せ、コメント欄は地獄と化した。心が折れ、動画を更新できずにいると、同業者の今宮という男からSNSにDMが届いた。
『炎上大変ですね。自作自演だなんて、酷い言われようですね。俺で良ければ話聞きますよ? 良ければコラボしませんか?』
この地獄から抜け出せるなら、悪魔にだって魂を売る。そんな思いで、俺はその誘いに乗ってしまった。
休日、自暴自棄になった俺は、注目を集めようと「自宅紹介動画」を投稿した。親がいない隙を狙って撮ったその動画に、テレビ台に置かれた『〇〇宿舎』と書かれた入居資料が一瞬映り込んでいることに、気づく余裕はなかった。
今宮とのコラボ配信で、俺は道化にされた。
「アンチに特定されるものが映ってますよ?」
正義を気取る今宮に、俺の自宅紹介動画を晒し上げられる。追い詰められた俺は、訳もわからず口走っていた。
「特定されても、うちは笑顔で返しますよ」
最悪の失言だった。コラボ後、今宮は俺を肴にアンチコメントを拾って笑いものにしていた。
匿名掲示板では、俺の自宅が特定されるまで時間はかからなかった。『〇〇宿舎』という情報と、去年の夏に投稿した宿舎の踊り場から撮った花火大会の動画。二つの情報から、部屋番号まで完璧に割り出されていた。
地獄は、そこから始まった。
夜23時、インターホンが鳴った。モニターにはフードを目深にかぶった男。「Kさんに会いに来ました」。父が応対し、なんとか追い返してくれた。翌朝、ポストに投函されていたのは、くしゃくしゃのティッシュに包まれたカッターナイフの替刃と、『明日メッタ刺しにしてやんよw』という殺害予告だった。
ネットの中の悪意は、現実の脅威へと姿を変えた。
「親に虐待されている」という虚偽のメール通報で警察が来た。ノートパソコンと父の携帯が調べられ、家族にまで疑いの目が向けられた。深夜には宿舎の火災報知器が鳴り響き、消防車が出動する騒ぎになった。消防隊員が調べた結果、原因は外部の火災警報器を鳴らされたアンチの悪戯だった。
そして、ゴールデンウィークを目前に控えたある日。二人の刑事が、うちの玄関のドアを叩いた。
「神谷圭佑さんですね? 市役所の掲示板に、あなたの名前で爆破予告がありました。書き込みは、あなたの自宅のパソコンからです。署までご同行を」
刑事が突きつけたコピー用紙には、高性能爆弾を仕掛けたという物騒な文章と、動かぬ証拠であるうちのIPアドレスが記されていた。
「ご同行願います」
冷たい金属の感触が、俺の手首に巻き付く。
どうなってんだ?
パトカーに押し込まれる直前、玄関先で呆然と立ち尽くす母の姿が見えた。遠巻きに俺を見る宿舎の住民たちの視線が、好奇と軽蔑の色を帯びて突き刺さる。
俺の人生は、ここで終わった。
第2話 天神姉妹
【取り調べ室】「神谷圭佑。お前がやったんだろうが」
狭い取調室に、刑事の低い声が粘りつくように響く。俺は力なく首を振るだけで、何も答えられない。やっていない。だが、証拠はすべて俺が犯人だと示していた。どうして。誰が。思考は霧散し、絶望だけが腹の底に澱のように溜まっていく。
「いい加減に認めろ! お前のくだらない動画のせいで、どれだけの人間が迷惑してると思ってるんだ!」
絞り出すように、声が出た。
「……俺だって、誹謗中傷されてるんです。殺害予告まで……警察は、何もしてくれないじゃないですか」
場違いな反論だった。刑事は鼻で笑う。
「誹謗中傷されるようなことをした、お前が悪いんだろうが。嫌なら、ネットなんてやめればいい」
正論だった。その正しさが、ナイフのように心を抉った。もう、どうでもよかった。会社もクビになるだろう。親にも、妹にも、顔向けできない。俺の人生は、本当に終わったんだ。
その時だった。
重い鉄の扉が控えめにノックされ、許可を待たずに開いた。そこに立っていたのは、黒縁メガネをかけたスーツ姿の若い男と、その後ろから現れた、息を呑むほど美しい少女だった。年の頃は21歳くらいだろうか。シンプルなお嬢様ワンピース姿だが、その佇まいだけで、澱んだ取調室の空気が浄化されるような錯覚を覚えた。
「なんだ、あんたたちは。ここは関係者以外、立ち入り禁止だぞ!」
刑事が色めき立つ。しかし、取り調べを記録していた別の刑事が少女の顔を見て、椅子から転げ落ちんばかりに目を見開いた。
「て、天神財閥の……玲奈様!? なぜこのような場所に……」
天神玲奈と呼ばれた少女は、刑事たちの動揺など存在しないかのように、ただ冷たい視線で室内を見渡すと、まっすぐに俺を見据えた。
「この男、私が引き取ります」
有無を言わせぬ、所有者の言葉だった。
隣の弁護士が、黒縁メガネをくいと上げ、冷静に告げる。
「不当な取り調べは即刻中止してください。証拠不十分なままの拘束は人権侵害にあたります。これ以上の異議は、我々、天神法律事務所が正式に申し立てます」
玲奈は俺に向かって、小さく頷いた。
「行きましょう、神谷圭佑」
俺は、夢遊病者のように立ち上がった。
【偽りの日常】
手錠が外された手首には、まだ冷たい金属の幻影が残っていた。警察署の自動ドアを抜けると、弁護士の桐島が玲奈に深く一礼した。
「お嬢様、私は別件がございますので、これにて。後のことは、柏木にお任せしております」
そう言い残し、彼は人混みへと消えていった。
目の前には、一台の黒塗りのセダンが静かに鎮座していた。その傍らに、石像のように佇む初老の男。俺たちの姿を認めると、男は滑らかな動作で完璧なお辞儀をし、後部座席のドアを音もなく開けた。
「執事の柏木と申します。圭佑様、どうぞ」
古びた教会の鐘のように低く、それでいて明瞭な声。導かれるまま、俺は柔らかな本革のシートに身体を沈めた。ドアが閉まると、外の喧騒は嘘のように遠ざかり、そこは完全に外界と隔絶された、静謐な空間となった。
「……俺を、どうする気だ」
不信感を剥き出しにした俺の声に、隣に座った玲奈は足を組み、顔色一つ変えずに自分のスマホを差し出した。画面には、百万を超えるフォロワー数が表示されたアカウント。『天神玲奈』。
「知らないの?」
「……初めて見た。降ろしてくれ」
俺がそう言うと、玲奈は執事に目配せした。車が静かに停まり、ドアが開く。外の生ぬるい空気が流れ込んできた。
「どうぞ。その汚れた服で、容疑者のまま、あの地獄へお帰りなさい」
彼女は冷ややかに言い放った。「家は特定され、殺害予告まで届いている。会社も、もうあなたの居場所ではない。それでもいいのなら」
降りかけた足が止まる。そうだ、俺にはもう帰る場所なんてない。
玲奈は、悪魔のように微笑んだ。
「私はあなたのガチ恋リスナーよ。あなたには、才能がある。私に、あなたの見たい夢を見せてあげさせて」
俺は、その蜘蛛の糸にすがるしかなかった。
車が向かったのは、高級レストランではなく、どこにでもあるファミリーレストランだった。
「ステーキです。一番大きいの」
メニューを渡された俺は、何かに憑かれたように注文した。玲奈は可愛らしい苺のパフェを頼んでいる。
「……あの弁護士、腕いいのか?」
フォークを弄びながら尋ねると、玲奈はパフェのスプーンを口に運び、ゆっくりと答えた。
「桐島のこと? 彼は天神が抱える中でも最高の駒よ。負けを知らない」
数時間前まで爆破予告犯として詰問されていた男が、財閥令嬢とファミレスにいる。あまりの非現実に、眩暈がした。運ばれてきたステーキを、俺は夢中で口に運んだ。空腹と疲労で、味などよくわからなかった。
「お姉ちゃーん! Kくーん!」
その時、店の入り口から金髪ツインテールの制服少女が駆け寄ってきた。天神莉愛。彼女も席に着くなり、姉と同じパフェを注文する。
「Kくんのガチ恋リスナー、天神莉愛だよ!」
彼女もまた、百万フォロワーを超えるアカウントを俺に見せつけた。「Kくん、大変だったね! でも、もう大丈夫! 私たちがKくんの女神だもん!」
「莉愛。騒がしいわよ」
姉妹のやり取りを、俺は呆然と眺めていた。会計の際、玲奈が当たり前のように漆黒のカード――ブラックカードを取り出したのを見て、俺は改めて彼女たちの住む世界の途方もなさを思い知らされた。
「ねえ、ゲーセン行きたい!」
莉愛の提案で、俺たちはゲームセンターにいた。
「わー! Kくんの動画で見たレースゲームだ!」
莉愛に手を引かれ、三人でプリクラを撮る。狭いブースの中、玲奈のシャンプーの香りがして、心臓が変な音を立てた。彼女は無表情だったが、ほんの少しだけ口元が緩んだように見えた。
レースゲームでは、意外にも玲奈が圧倒的なドライビングテクニックを見せつけ、俺は惨敗した。
「Kくん、あれ取って!」
莉愛が指さすクレーンゲームには、大きな猫のぬいぐるみが入っていた。かつて動画のネタで散々やったクレーンゲーム。なけなしのプライドで掴み取ったぬいぐるみを莉愛に渡すと、彼女は満面の笑みで抱きしめた。
束の間の、普通の若者のような時間。俺の心に、何年かぶりに温かい光が差した気がした。
【美しい鳥籠】
車は夜景の美しい高台にある、モダンな邸宅に着いた。ガラス張りの壁が特徴的な、まるで建築雑誌から抜け出してきたような家だった。
「ここが、あなたの物語の舞台よ」
リビングから見える街の灯りが、手の届かない星空のように瞬いている。ソファに座る俺の前に、玲奈が立った。ゲームセンターでの柔らかな雰囲気は消え、彼女は再び、すべてを見透かすような冷たい瞳をしていた。
「あなたの才能は、あんな連中に消費されるべきものではない。あなたのあのフリーゲームの曲、あの絶望の中に微かな光を見出すようなコード進行……凡人には理解できない。でも、私にはわかる」
彼女は一歩、俺に近づく。その瞳には、狂信的な光が宿っていた。
「あなたの作る音楽、書く言葉、そのすべてを最初に享受するのは、私たち。あなたの時間は、音楽は、未来は――すべて、私たちのもの」
助けられたのではない。捕らえられたのだ。
ファミレスも、ゲームセンターも、この美しい夜景も、すべてはこの瞬間のために用意された舞台装置だったのだ。
俺が言葉を失っていると、玲奈は決定的な一言を、まるで天気の話でもするかのように告げた。
「生活の心配はいらないわ。何しろ、明日から私もここに住むのだから」
俺の第二の人生は、天神姉妹という二人の女神(アクマ)への、甘美な隷属から始まった。
第2話 天神姉妹(第2版)
【取り調べ室】「神谷圭佑。お前がやったんだろうが」
狭い取調室に、刑事の低い声が粘りつくように響く。俺は力なく首を振るだけで、何も答えられない。やっていない。だが、証拠はすべて俺が犯人だと示していた。どうして。誰が。思考は霧散し、絶望だけが腹の底に澱のように溜まっていく。
「いい加減に認めろ! お前のくだらない動画のせいで、どれだけの人間が迷惑してると思ってるんだ!」
絞り出すように、声が出た。
「……俺だって、誹謗中傷されてるんです。殺害予告まで……警察は、何もしてくれないじゃないですか」
場違いな反論だった。刑事は鼻で笑う。
「誹謗中傷されるようなことをした、お前が悪いんだろうが。嫌なら、ネットなんてやめればいい」
正論だった。その正しさが、ナイフのように心を抉った。もう、どうでもよかった。会社もクビになるだろう。親にも、妹にも、顔向けできない。俺の人生は、本当に終わったんだ。
その時だった。
重い鉄の扉が控えめにノックされ、許可を待たずに開いた。そこに立っていたのは、黒縁メガネをかけたスーツ姿の若い男と、その後ろから現れた、息を呑むほど美しい少女だった。年の頃は21歳くらいだろうか。シンプルなお嬢様ワンピース姿だが、その佇まいだけで、澱んだ取調室の空気が浄化されるような錯覚を覚えた。
「なんだ、あんたたちは。ここは関係者以外、立ち入り禁止だぞ!」
刑事が色めき立つ。しかし、取り調べを記録していた別の刑事が少女の顔を見て、椅子から転げ落ちんばかりに目を見開いた。
「て、天神財閥の……玲奈様!? なぜこのような場所に……」
天神玲奈と呼ばれた少女は、刑事たちの動揺など存在しないかのように、ただ冷たい視線で室内を見渡すと、まっすぐに俺を見据えた。
「この男、私が引き取ります」
有無を言わせぬ、所有者の言葉だった。
隣の弁護士が、黒縁メガネをくいと上げ、冷静に告げる。
「不当な取り調べは即刻中止してください。証拠不十分なままの拘束は人権侵害にあたります。これ以上の異議は、我々、天神法律事務所が正式に申し立てます」
玲奈は俺に向かって、小さく頷いた。
「行きましょう、神谷圭佑」
俺は、夢遊病者のように立ち上がった。
【偽りの日常】
手錠が外された手首には、まだ冷たい金属の幻影が残っていた。警察署の自動ドアを抜けると、弁護士の桐島が玲奈に深く一礼した。
「お嬢様、私は別件がございますので、これにて。後のことは、柏木にお任せしております」
そう言い残し、彼は人混みへと消えていった。
目の前には、一台の黒塗りのセダンが静かに鎮座していた。その傍らに、石像のように佇む初老の男。俺たちの姿を認めると、男は滑らかな動作で完璧なお辞儀をし、後部座席のドアを音もなく開けた。
「執事の柏木と申します。圭佑様、どうぞ」
古びた教会の鐘のように低く、それでいて明瞭な声。導かれるまま、俺は柔らかな本革のシートに身体を沈めた。ドアが閉まると、外の喧騒は嘘のように遠ざかり、そこは完全に外界と隔絶された、静謐な空間となった。
「……俺を、どうする気だ」
不信感を剥き出しにした俺の声に、隣に座った玲奈は足を組み、顔色一つ変えずに自分のスマホを差し出した。画面には、百万を超えるフォロワー数が表示されたアカウント。『天神玲奈』。
「知らないの?」
「……初めて見た。降ろしてくれ」
俺がそう言うと、玲奈は執事に目配せした。車が静かに停まり、ドアが開く。外の生ぬるい空気が流れ込んできた。
「どうぞ。その汚れた服で、容疑者のまま、あの地獄へお帰りなさい」
彼女は冷ややかに言い放った。「家は特定され、殺害予告まで届いている。会社も、もうあなたの居場所ではない。それでもいいのなら」
降りかけた足が止まる。そうだ、俺にはもう帰る場所なんてない。
玲奈は、悪魔のように微笑んだ。
「私はあなたのガチ恋リスナーよ。あなたには、才能がある。私に、あなたの見たい夢を見せてあげさせて」
俺は、その蜘蛛の糸にすがるしかなかった。
車が向かったのは、高級レストランではなく、どこにでもあるファミリーレストランだった。
「ステーキです。一番大きいの」
メニューを渡された俺は、何かに憑かれたように注文した。玲奈は可愛らしい苺のパフェを頼んでいる。
「……あの弁護士、腕いいのか?」
フォークを弄びながら尋ねると、玲奈はパフェのスプーンを口に運び、ゆっくりと答えた。
「桐島のこと? 彼は天神が抱える中でも最高の駒よ。負けを知らない」
数時間前まで爆破予告犯として詰問されていた男が、財閥令嬢とファミレスにいる。あまりの非現実に、眩暈がした。運ばれてきたステーキを、俺は夢中で口に運んだ。空腹と疲労で、味などよくわからなかった。
「お姉ちゃーん! Kくーん!」
その時、店の入り口から金髪ツインテールの制服少女が駆け寄ってきた。天神莉愛りあ。彼女も席に着くなり、姉と同じパフェを注文する。
「Kくんのガチ恋リスナー、天神莉愛だよ!」
彼女もまた、百万フォロワーを超えるアカウントを俺に見せつけた。「Kくん、大変だったね! でも、もう大丈夫! 私たちがKくんの女神だもん!」
「莉愛。騒がしいわよ」
姉妹のやり取りを、俺は呆然と眺めていた。会計の際、玲奈が当たり前のように漆黒のカード――ブラックカードを取り出したのを見て、俺は改めて彼女たちの住む世界の途方もなさを思い知らされた。
「ねえ、ゲーセン行きたい!」
莉愛の提案で、俺たちはゲームセンターにいた。
「わー! Kくんの動画で見たレースゲームだ!」
莉愛に手を引かれ、三人でプリクラを撮る。狭いブースの中、玲奈のシャンプーの香りがして、心臓が変な音を立てた。彼女は無表情だったが、ほんの少しだけ口元が緩んだように見えた。
レースゲームでは、意外にも玲奈が圧倒的なドライビングテクニックを見せつけ、俺は惨敗した。
「Kくん、あれ取って!」
莉愛が指さすクレーンゲームには、大きな猫のぬいぐるみが入っていた。かつて動画のネタで散々やったクレーンゲーム。なけなしのプライドで掴み取ったぬいぐるみを莉愛に渡すと、彼女は満面の笑みで抱きしめた。
束の間の、普通の若者のような時間。俺の心に、何年かぶりに温かい光が差した気がした。
【美しい鳥籠】
車は夜景の美しい高台にある、モダンな邸宅に着いた。ガラス張りの壁が特徴的な、まるで建築雑誌から抜け出してきたような家だった。
「ここが、あなたの物語の舞台よ」
リビングから見える街の灯りが、手の届かない星空のように瞬いている。ソファに座る俺の前に、玲奈が立った。ゲームセンターでの柔らかな雰囲気は消え、彼女は再び、すべてを見透かすような冷たい瞳をしていた。
「あなたの才能は、あんな連中に消費されるべきものではない。あなたのあのフリーゲームの曲、あの絶望の中に微かな光を見出すようなコード進行……凡人には理解できない。でも、私にはわかる」
彼女は一歩、俺に近づく。その瞳には、狂信的な光が宿っていた。
「あなたの作る音楽、書く言葉、そのすべてを最初に享受するのは、私たち。あなたの時間は、音楽は、未来は――すべて、私たちのもの」
助けられたのではない。捕らえられたのだ。
ファミレスも、ゲームセンターも、この美しい夜景も、すべてはこの瞬間のために用意された舞台装置だったのだ。
俺が言葉を失っていると、玲奈は決定的な一言を、まるで天気の話でもするかのように告げた。
「生活の心配はいらないわ。何しろ、明日から私もここに住むのだから」
俺の第二の人生は、天神姉妹という二人の女神(アクマ)への、甘美な隷属から始まった。
第2話 天神姉妹(第3版)
【取り調べ室】「神谷圭佑。お前がやったんだろうが」
狭い取調室に、刑事の低い声が粘りつくように響く。俺は力なく首を振るだけで、何も答えられない。やっていない。だが、証拠はすべて俺が犯人だと示していた。どうして。誰が。思考は霧散し、絶望だけが腹の底に澱のように溜まっていく。
「いい加減に認めろ! お前のくだらない動画のせいで、どれだけの人間が迷惑してると思ってるんだ!」
絞り出すように、声が出た。
「……俺だって、誹謗中傷されてるんです。殺害予告まで……警察は、何もしてくれないじゃないですか」
場違いな反論だった。刑事は鼻で笑う。
「誹謗中傷されるようなことをした、お前が悪いんだろうが。嫌なら、ネットなんてやめればいい」 正論だった。その正しさが、ナイフのように心を抉った。もう、どうでもよかった。会社もクビになるだろう。親にも、妹にも、顔向けできない。俺の人生は、本当に終わったんだ。
その時だった。
重い鉄の扉が控えめにノックされ、許可を待たずに開いた。そこに立っていたのは、黒縁メガネをかけたスーツ姿の若い男と、その後ろから現れた、息を呑むほど美しい少女だった。年の頃は21歳くらいだろうか。シンプルなお嬢様ワンピース姿だが、その佇まいだけで、澱んだ取調室の空気が浄化されるような錯覚を覚えた。
「なんだ、あんたたちは。ここは関係者以外、立ち入り禁止だぞ!」
刑事が色めき立つ。しかし、取り調べを記録していた別の刑事が少女の顔を見て、椅子から転げ落ちんばかりに目を見開いた。
「て、天神財閥の……玲奈様!? なぜこのような場所に……」
天神玲奈と呼ばれた少女は、刑事たちの動揺など存在しないかのように、ただ冷たい視線で室内を見渡すと、まっすぐに俺を見据えた。
「この男、私が引き取ります」
有無を言わせぬ、所有者の言葉だった。
隣の弁護士が、黒縁メガネをくいと上げ、冷静に告げる。
「不当な取り調べは即刻中止してください。証拠不十分なままの拘束は人権侵害にあたります。これ以上の異議は、我々、天神法律事務所が正式に申し立てます」
玲奈は俺に向かって、小さく頷いた。
「行きましょう、神谷圭佑」
俺は、夢遊病者のように立ち上がった。
【偽りの日常】
手錠が外された手首には、まだ冷たい金属の幻影が残っていた。警察署の自動ドアを抜けると、弁護士の桐島が玲奈に深く一礼した。
「お嬢様、私は別件がございますので、これにて。後のことは、柏木にお任せしております」
そう言い残し、彼は人混みへと消えていった。
目の前には、一台の黒塗りのセダンが静かに鎮座していた。その傍らに、石像のように佇む初老の男。俺たちの姿を認めると、男は滑らかな動作で完璧なお辞儀をし、後部座席のドアを音もなく開けた。
「執事の柏木と申します。圭佑様、どうぞ」
古びた教会の鐘のように低く、それでいて明瞭な声。導かれるまま、俺は柔らかな本革のシートに身体を沈めた。ドアが閉まると、外の喧騒は嘘のように遠ざかり、そこは完全に外界と隔絶された、静謐な空間となった。
「……俺を、どうする気だ」
不信感を剥き出しにした俺の声に、隣に座った玲奈は足を組み、顔色一つ変えずに自分のスマホを差し出した。画面には、百万を超えるフォロワー数が表示されたアカウント。『天神玲奈』。
「知らないの?」
「……初めて見た。降ろしてくれ」
俺がそう言うと、玲奈は執事に目配せした。車が静かに停まり、ドアが開く。外の生ぬるい空気が流れ込んできた。
「どうぞ。その汚れた服で、容疑者のまま、あの地獄へお帰りなさい」
その「汚れた服」という言葉に、俺は思わず自分の姿を見下ろした。何日も着っぱなしで襟がヨレヨレになったTシャツ。膝にはいつ付いたかもわからないシミがある色褪せたジーンズ。この服には、取調室の埃っぽい匂いと、俺自身の冷や汗、そして拭いきれない絶望の匂いが深く染み付いている。玲奈の言う通りだった。これは、社会から拒絶された敗者の「ユニフォーム」だ。
彼女は冷ややかに言い放った。「家は特定され、殺害予告まで届いている。会社も、もうあなたの居場所ではない。それでもいいのなら」
降りかけた足が止まる。そうだ、俺にはもう帰る場所なんてない。
玲奈は、悪魔のように微笑んだ。
「私はあなたのガチ恋リスナーよ。あなたには、才能がある。私に、あなたの見たい夢を見せてあげさせて」
俺は、その蜘蛛の糸にすがるしかなかった。
車が向かったのは、高級レストランではなく、どこにでもあるファミリーレストランだった。
「ステーキです。一番大きいの」
メニューを渡された俺は、何かに憑かれたように注文した。玲奈は可愛らしい苺のパフェを頼んでいる。
「……あの弁護士、腕いいのか?」
フォークを弄びながら尋ねると、玲奈はパフェのスプーンを口に運び、ゆっくりと答えた。
「桐島のこと? 彼は天神が抱える中でも最高の駒よ。負けを知らない」
数時間前まで爆破予告犯として詰問されていた男が、財閥令嬢とファミレスにいる。あまりの非現実に、眩暈がした。
「お姉ちゃーん! Kくーん!」
その時、店の入り口から金髪ツインテールの制服少女が駆け寄ってきた。天神莉愛りあ。彼女も席に着くなり、姉と同じパフェを注文する。
「Kくんのガチ恋リスナー、天神莉愛だよ!」
彼女もまた、百万フォロワーを超えるアカウントを俺に見せつけた。「Kくん、大変だったね! でも、もう大丈夫! 私たちがKくんの女神だもん!」
「莉愛。騒がしいわよ」
姉妹のやり取りを、俺は呆然と眺めていた。だが、その異様な組み合わせは、当然のように周囲の注目を集めていた。
「……あれ、天神姉妹じゃね?」
「隣の男、誰だろ。彼氏かな?」
ひそひそと交わされる会話。俺たちに向けられる、好奇の視線。
その空気の変化を敏感に感じ取った玲奈は、パフェのスプーンを置くと、静かに、しかし有無を言わさぬ口調で妹に告げた。
「莉愛。爺を呼んで」
「おっけー」
莉愛は即座にスマホを取り出し、一言二言メッセージを送る。
会計の際、玲奈が当たり前のように漆黒のカードを取り出したのを見て、俺は改めて彼女たちの住む世界の途方もなさを思い知らされた。
レストランを出ると、まるでタイミングを計ったかのように、執事の柏木が運転する黒塗りのセダンが、静かに店の前に停まっていた。
車が向かったのは、都心にあるシネマコンプレックスだった。エントランスに足を踏み入れるなり、女性スタッフが駆け寄り深々と頭を下げた。
「玲奈様、莉愛様、お待ちしておりました。本日は、何をご覧になられますか?」
スタッフは、玲奈たちの隣に立つ、場違いな服装の俺を一瞥したが、その存在などまるで無いかのように、完璧な笑顔を姉妹に向け続ける。玲奈が「アクション映画を一本。いつものシアターで」と短く告げると、スタッフは「かしこまりました」と、俺たちを特別なエレベーターへと案内した。
案内されたのは、ビロードのソファが並ぶ、プライベートシアター。巨大なスクリーンに、派手な爆発シーンが映し出される。その轟音に、莉愛が大げさに肩をすくめ、俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
「きゃーっ! こ、怖くなんて、ないんだからねっ!」
そのあからさまなアピールに、反対隣に座っていた玲奈の眉がピクリと動く。彼女は、何でもない素振りを装いながら、そっと、俺の手に自分の指を絡ませてきた。
暗闇の中、左右から伝わる、二人の少女の全く異なる温もり。心臓が、うるさくて仕方なかった。
映画が終わると、莉愛が「ねえ、ゲーセン行きたい!」と提案した。
シネコンを出て、歩いて数分のゲームセンターへ向かう。俺は、なぜか無意識に、華やかなオーラを放つ天神姉妹と少し距離を取って、その後ろを歩いていた。まだ、自分が彼女たちと並んで歩くべき人間ではないと、どこかで感じていたのだ。
「わー! Kくんの動画で見たレースゲームだ!」
莉愛に手を引かれ、三人でプリクラを撮る。狭いブースの中、玲奈のシャンプーの香りがして、心臓が変な音を立てた。彼女は無表情だったが、ほんの少しだけ口元が緩んだように見えた。レースゲームでは、意外にも玲奈が圧倒的なドライビングテクニックを見せつけ、俺は惨敗した。
「Kくん、あれ取って!」
莉愛が指さすクレーンゲームには、今流行りのアニメの、可愛らしいキャラクターぬいぐるみが入っていた。俺は、彼女たちの前でいいところを見せようと、なけなしのプライドで挑戦するが、アームはぬいぐるみを掴んでは無情にも落とすばかり。
「あー、もう!」莉愛がじれったそうに声を上げた、その時。近くにいた男性スタッフが駆け寄り、慣れた手つきでクレーンゲームの扉を開けると、ぬいぐるみを絶対に取れる位置へとずらしてくれた。そして、俺の存在などまるで無いかのように、姉妹に向かって完璧な笑顔でこう言った。
「玲奈様、莉愛様、どうぞ」
俺は、その屈辱的な「お膳立て」を前に、ただ苦笑いするしかなかった。莉愛が、コインを入れて簡単にアームを操作する。ぬいぐるみがゴトン、と景品口に落ちた。
「Kくん、取れたよ!」
彼女は、満面の笑みでぬいぐるみを抱きしめ、俺に自慢げに見せてくる。
「……ああ、よかったな」
その無邪気な笑顔を前に、俺はそう答えるのが精一杯だった。束の間の、しかし歪な、普通の若者のような時間。それでも、俺の心に、何年かぶりに温かい光が差した気がした。
【美しい鳥籠】
車は夜景の美しい高台にある、モダンな邸宅に着いた。ガラス張りの壁が特徴的な、まるで建築雑誌から抜け出してきたような家だった。
「ここが、あなたの物語の舞台よ」
リビングから見える街の灯りが、手の届かない星空のように瞬いている。ソファに座る俺の前に、玲奈が立った。ゲームセンターでの柔らかな雰囲気は消え、彼女は再び、すべてを見透かすような冷たい瞳をしていた。
「あなたの才能は、あんな連中に消費されるべきものではない。あなたのあのフリーゲームの曲、あの絶望の中に微かな光を見出すようなコード進行……凡人には理解できない。でも、私にはわかる」
彼女は一歩、俺に近づく。その瞳には、狂信的な光が宿っていた。
「あなたの作る音楽、書く言葉、そのすべてを最初に享受するのは、私たち。あなたの時間は、音楽は、未来は――すべて、私たちのもの」
助けられたのではない。捕らえられたのだ。
ファミレスも、映画館も、ゲームセンターも、すべてはこの瞬間のために用意された舞台装置だったのだ。
俺が言葉を失っていると、玲奈は決定的な一言を、まるで天気の話でもするかのように告げた。
「生活の心配はいらないわ。何しろ、明日から私もここに住むのだから」
俺の第二の人生は、天神姉妹という二人の女神(アクマ)への、甘美な隷属から始まった。
第2話 天神姉妹(第4版)
【取り調べ室】「神谷圭佑。お前がやったんだろうが」
狭い取調室に、刑事の低い声が粘りつくように響く。俺は力なく首を振るだけで、何も答えられない。やっていない。だが、証拠はすべて俺が犯人だと示していた。どうして。誰が。思考は霧散し、絶望だけが腹の底に澱のように溜まっていく。
「いい加減に認めろ! お前のくだらない動画のせいで、どれだけの人間が迷惑してると思ってるんだ!」
絞り出すように、声が出た。
「……俺だって、誹謗中傷されてるんです。殺害予告まで……警察は、何もしてくれないじゃないですか」
場違いな反論だった。刑事は鼻で笑う。
「誹謗中傷されるようなことをした、お前が悪いんだろうが。嫌なら、ネットなんてやめればいい」
正論だった。その正しさが、ナイフのように心を抉った。もう、どうでもよかった。会社もクビになるだろう。親にも、妹にも、顔向けできない。俺の人生は、本当に終わったんだ。
その時だった。
重い鉄の扉が控えめにノックされ、許可を待たずに開いた。そこに立っていたのは、黒縁メガネをかけたスーツ姿の若い男と、その後ろから現れた、息を呑むほど美しい少女だった。年の頃は21歳くらいだろうか。シンプルなお嬢様ワンピース姿だが、その佇まいだけで、澱んだ取調室の空気が浄化されるような錯覚を覚えた。
「なんだ、あんたたちは。ここは関係者以外、立ち入り禁止だぞ!」
刑事が色めき立つ。しかし、取り調べを記録していた別の刑事が少女の顔を見て、椅子から転げ落ちんばかりに目を見開いた。
「て、天神財閥の……玲奈様!? なぜこのような場所に……」
天神玲奈と呼ばれた少女は、刑事たちの動揺など存在しないかのように、ただ冷たい視線で室内を見渡すと、まっすぐに俺を見据えた。
「この男、私が引き取ります」
有無を言わせぬ、所有者の言葉だった。
隣の弁護士が、黒縁メガネをくいと上げ、冷静に告げる。
「不当な取り調べは即刻中止してください。証拠不十分なままの拘束は人権侵害にあたります。これ以上の異議は、我々、天神法律事務所が正式に申し立てます」
玲奈は俺に向かって、小さく頷いた。
「行きましょう、神谷圭佑」
俺は、夢遊病者のように立ち上がった。
【偽りの日常】
手錠が外された手首には、まだ冷たい金属の幻影が残っていた。警察署の自動ドアを抜けると、弁護士の桐島が玲奈に深く一礼した。
「お嬢様、私は別件がございますので、これにて。後のことは、柏木にお任せしております」
そう言い残し、彼は人混みへと消えていった。
目の前には、一台の黒塗りのセダンが静かに鎮座していた。その傍らに、石像のように佇む初老の男。俺たちの姿を認めると、男は滑らかな動作で完璧なお辞儀をし、後部座席のドアを音もなく開けた。
「執事の柏木と申します。圭佑様、どうぞ」
古びた教会の鐘のように低く、それでいて明瞭な声。導かれるまま、俺は柔らかな本革のシートに身体を沈めた。ドアが閉まると、外の喧騒は嘘のように遠ざかり、そこは完全に外界と隔絶された、静謐な空間となった。
「……俺を、どうする気だ」
不信感を剥き出しにした俺の声に、隣に座った玲奈は足を組み、顔色一つ変えずに自分のスマホを差し出した。画面には、百万を超えるフォロワー数が表示されたアカウント。『天神玲奈』。
「知らないの?」
「……初めて見た。降ろしてくれ」
俺がそう言うと、玲奈は執事に目配せした。車が静かに停まり、ドアが開く。外の生ぬるい空気が流れ込んできた。
「どうぞ。その汚れた服で、容疑者のまま、あの地獄へお帰りなさい」
その「汚れた服」という言葉に、俺は思わず自分の姿を見下ろした。何日も着っぱなしで襟がヨレヨレになったTシャツ。膝にはいつ付いたかもわからないシミがある色褪せたジーンズ。この服には、取調室の埃っぽい匂いと、俺自身の冷や汗、そして拭いきれない絶望の匂いが深く染み付いている。玲奈の言う通りだった。これは、社会から拒絶された敗者の「ユニフォーム」だ。
彼女は冷ややかに言い放った。「家は特定され、殺害予告まで届いている。会社も、もうあなたの居場所ではない。それでもいいのなら」
降りかけた足が止まる。そうだ、俺にはもう帰る場所なんてない。
玲奈は、悪魔のように微笑んだ。
「私はあなたのガチ恋リスナーよ。あなたには、才能がある。私に、あなたの見たい夢を見せてあげさせて」
俺は、その蜘蛛の糸にすがるしかなかった。
車が向かったのは、高級レストランではなく、どこにでもあるファミリーレストランだった。
「ステーキです。一番大きいの」
メニューを渡された俺は、何かに憑かれたように注文した。玲奈は可愛らしい苺のパフェを頼んでいる。
「……あの弁護士、腕いいのか?」
フォークを弄びながら尋ねると、玲奈はパフェのスプーンを口に運び、ゆっくりと答えた。
「桐島のこと? 彼は天神が抱える中でも最高の駒よ。負けを知らない」
数時間前まで爆破予告犯として詰問されていた男が、財閥令嬢とファミレスにいる。あまりの非現実に、眩暈がした。
「お姉ちゃーん! Kくーん!」
その時、店の入り口から金髪ツインテールの制服少女が駆け寄ってきた。天神莉愛りあ。彼女も席に着くなり、姉と同じパフェを注文する。
「Kくんのガチ恋リスナー、天神莉愛だよ!」
彼女もまた、百万フォロワーを超えるアカウントを俺に見せつけた。「Kくん、大変だったね! でも、もう大丈夫! 私たちがKくんの女神だもん!」
「莉愛。騒がしいわよ」
姉妹のやり取りを、俺は呆然と眺めていた。だが、その異様な組み合わせは、当然のように周囲の注目を集めていた。
「……あれ、天神姉妹じゃね?」
「隣の男、誰だろ。彼氏かな?」
ひそひそと交わされる会話。俺たちに向けられる、好奇の視線。
その空気の変化を敏感に感じ取った玲奈は、パフェのスプーンを置くと、静かに、しかし有無を言わさぬ口調で妹に告げた。
「莉愛。爺を呼んで」
「おっけー」
莉愛は即座にスマホを取り出し、一言二言メッセージを送る。
会計の際、玲奈が当たり前のように漆黒のカードを取り出したのを見て、俺は改めて彼女たちの住む世界の途方もなさを思い知らされた。
レストランを出ると、まるでタイミングを計ったかのように、執事の柏木が運転する黒塗りのセダンが、静かに店の前に停まっていた。
車が向かったのは、都心にあるシネマコンプレックスだった。エントランスに足を踏み入れるなり、女性スタッフが駆け寄り深々と頭を下げた。
「玲奈様、莉愛様、お待ちしておりました。本日は、何をご覧になられますか?」
スタッフは、玲奈たちの隣に立つ、場違いな服装の俺を一瞥したが、その存在などまるで無いかのように、完璧な笑顔を姉妹に向け続ける。玲奈が「アクション映画を一本。いつものシアターで」と短く告げると、スタッフは「かしこまりました」と、俺たちを特別なエレベーターへと案内した。
案内されたのは、ビロードのソファが並ぶ、プライベートシアター。巨大なスクリーンに、派手な爆発シーンが映し出される。その轟音に、莉愛が大げさに肩をすくめ、俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
「きゃーっ! こ、怖くなんて、ないんだからねっ!」
そのあからさまなアピールに、反対隣に座っていた玲奈の眉がピクリと動く。彼女は、何でもない素振りを装いながら、そっと、俺の手に自分の指を絡ませてきた。
暗闇の中、左右から伝わる、二人の少女の全く異なる温もり。心臓が、うるさくて仕方なかった。
映画が終わると、莉愛が「ねえ、ゲーセン行きたい!」と提案した。
シネコンを出て、歩いて数分のゲームセンターへ向かう。俺は、なぜか無意識に、華やかなオーラを放つ天神姉妹と少し距離を取って、その後ろを歩いていた。まだ、自分が彼女たちと並んで歩くべき人間ではないと、どこかで感じていたのだ。
「わー! Kくんの動画で見たレースゲームだ!」
莉愛に手を引かれ、三人でプリクラを撮る。狭いブースの中、玲奈のシャンプーの香りがして、心臓が変な音を立てた。彼女は無表情だったが、ほんの少しだけ口元が緩んだように見えた。レースゲームでは、意外にも玲奈が圧倒的なドライビングテクニックを見せつけ、俺は惨敗した。
「Kくん、あれ取って!」
莉愛が指さすクレーンゲームには、今流行りのアニメの、可愛らしいキャラクターぬいぐるみが入っていた。俺は、彼女たちの前でいいところを見せようと、なけなしのプライドで挑戦するが、アームはぬいぐるみを掴んでは無情にも落とすばかり。
「あー、もう!」莉愛がじれったそうに声を上げた、その時。近くにいた男性スタッフが駆け寄り、慣れた手つきでクレーンゲームの扉を開けると、ぬいぐるみを絶対に取れる位置へとずらしてくれた。そして、俺の存在などまるで無いかのように、姉妹に向かって完璧な笑顔でこう言った。
「玲奈様、莉愛様、どうぞ」
俺は、その屈辱的な「お膳立て」を前に、ただ苦笑いするしかなかった。莉愛が、コインを入れて簡単にアームを操作する。ぬいぐるみがゴトン、と景品口に落ちた。
「Kくん、取れたよ!」
彼女は、満面の笑みでぬいぐるみを抱きしめ、俺に自慢げに見せてくる。
「……ああ、よかったな」
その無邪気な笑顔を前に、俺はそう答えるのが精一杯だった。束の間の、しかし歪な、普通の若者のような時間。それでも、俺の心に、何年かぶりに温かい光が差した気がした。
【美しい鳥籠】
車は夜景の美しい高台にある、モダンな邸宅に着いた。ガラス張りの壁が特徴的な、まるで建築雑誌から抜け出してきたような家だった。
「ここが、あなたの物語の舞台よ」
リビングから見える街の灯りが、手の届かない星空のように瞬いている。ソファに座る俺の前に、玲奈が立った。ゲームセンターでの柔らかな雰囲気は消え、彼女は再び、すべてを見透かすような冷たい瞳をしていた。
「あなたの才能は、あんな連中に消費されるべきものではない。あなたのあのフリーゲームの曲、あの絶望の中に微かな光を見出すようなコード進行……凡人には理解できない。でも、私にはわかる」
彼女は一歩、俺に近づく。その瞳には、狂信的な光が宿っていた。
「あなたの作る音楽、書く言葉、そのすべてを最初に享受するのは、私たち。あなたの時間は、音楽は、未来は――すべて、私たちのもの」
助けられたのではない。捕らえられたのだ。
ファミレスも、映画館も、ゲームセンターも、すべてはこの瞬間のために用意された舞台装置だったのだ。
俺が言葉を失っていると、玲奈は決定的な一言を、まるで天気の話でもするかのように告げた。
「生活の心配はいらないわ。何しろ、明日から私もここに住むのだから」
俺の第二の人生は、天神姉妹という二人の女神(アクマ)への、甘美な隷属から始まった。
第3話 新生活
俺の第二の人生は、天神姉妹という二人の女神(アクマ)への、甘美な隷属から始まった。その夜、玲奈は「生活の心配はいらないわ。何しろ、明日から私もここに住むのだから」と言い残し、莉愛と共に執事の運転する車で帰っていった。
ガラス張りの壁に囲まれた豪邸に、一人取り残される。街の灯りが宝石のように瞬く夜景も、今の俺にはただの虚構にしか見えなかった。ここは、俺の城なんかじゃない。美しすぎる、鳥籠だ。
ポケットのスマホが、現実との唯一の繋がりだった。
震える指で、配信アプリを起動する。予告なしのゲリラ配信。画面に映るのは、豪邸のリビングを背景に、疲れ切った顔の俺。
開始と同時に、コメントが滝のように流れ始めた。
『K! 生きてたか!』
『マジで天神姉妹といたのかよ!?』
『同棲ってマジ? 嫉妬で狂いそう』
『ここ、もしかして天神財閥の別荘じゃね? 特定班はよ』
狂喜、嫉妬、憶測。その熱量に、俺は少しだけ自分が「神谷圭佑」であることを思い出せた。
「……腹、減ったな。夜飯どうしよ」
独り言のように呟くと、コメントが即座に反応する。
『冷蔵庫見に行け!』
『執事がなんか用意してるだろw』
言われるがままに席を立ち、システムキッチンへ向かう。巨大な鏡面仕上げの冷蔵庫を開けると、中は高級そうなミネラルウォーターと、なぜか無数の冷凍食品で埋め尽くされていた。チキンライス、チャーハン、ナポリタン。その、あまりに庶民的なラインナップに、思わず乾いた笑いが漏れた。玲奈の、歪んだ優しさなのだろうか。
電子レンジで温めたナポリタンを無心で掻き込む。味はしない。食事を終えても、埋めようのない孤独が心を蝕んでいた。
『他の部屋も見せて!』
『寝室どこだよ!』
コメントに促され、俺はリビングの奥にあるドアノブに手をかけた。しかし、ドアはびくともしない。別のドアも試すが、結果は同じだった。
「……開かねえ」
俺は王様なんかじゃない。飼われているペットだ。
「……そろそろ風呂入るから、今日は切るわ」
逃げるように配信を止め、俺はバスルームへ向かった。大理石の床、ガラス張りのシャワーブース。不釣り合いなほど豪華な空間で身体を洗い、備え付けの歯ブラシで歯を磨く。鏡に映る自分は、ひどく情けない顔をしていた。
キングサイズのベッドに横たわり、眠れないまま朝を迎えた。
翌朝、俺の目に飛び込んできたのは、見慣れた安物の天井ではなかった。どこまでも高く、美しい木目が見える、傾斜のついた天井。
「おはよう、圭佑さん。よく眠れたかしら」
ラフなTシャツにショートパンツという姿の玲奈が、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。その手には、完璧な焼き加減のトーストとコーヒーが乗ったトレー。
「ここは、あなたの新しい『城』よ」
玲奈がキッチンで朝食の仕上げをしている間、制服姿で登校前の莉愛が俺の手を引き、リビングの一角、がらんとしたスペースの前に立たせた。
「さあ、Kくん! ここがキミの新しいスタジオだよ! 記念すべき初仕事、始めよっか!」
彼女はタブレットを取り出し、機材の通販サイトを開く。その隣に、玲奈もマグカップを片手にやってきた。
「マイクはもちろんこれ! Kくん、前の配信で『喉から手が出るほど欲しい』って言ってたもんね!」莉愛が興奮気味にカートに追加する。
「待ちなさい、莉愛。神谷さんの声質なら、こちらのコンデンサーマイクの方がより繊細な息遣いを拾えるわ」玲奈が冷静に指摘し、別の商品をカートに入れる。
「じゃあ両方買えばいいじゃん!」「それもそうね」
俺を間に挟み、姉妹は「圭佑くんの最強装備」を、実に楽しそうに、しかし一切の躊躇なく次々とカートに放り込んでいく。決済ボタンを押した莉愛が、にっこりと笑った。「お急ぎ便にしたから、今日の夕方には全部届くって!」
その、あまりに現実離れした光景に、俺はただ圧倒されるしかなかった。
食事を終え、落ち着きを取り戻した俺に、玲奈が向き直る。
「私たちは、あなたの復讐の『共犯者』になります」
彼女は、テーブルの上に、一枚のカードキーを置いた。シルバーを基調とした、理知的なデザインのカードだ。
「これは、この家のマスターキー。そして、私との**『恋人契約』**の証。私は神谷さんの全てを管理し、成功へと導く。その代わり、神谷さんはこのカードで、私の全てを『使用』する権利を得るの」
「待って、お姉ちゃんだけずるい!」
会話を聞いていた莉愛が、今度はピンクゴールドのカードキーを、俺の手に握らせてきた。
「Kくん、こっちも受け取って! これは、このお城の、Kくんのプライベートエリアに、私だけが入れる『特別許可証』! そして、私との『恋人契約』の証! Kくんの心は、私が独占する! その代わり、Kくんは私を『所有』していいからねっ!」
性質の異なる二枚の「恋人カード」を手に、俺の理性は完全に焼き切れた。
ヤケクソになった俺は、玲奈に「どうせなら、俺のガチ恋ファン、全員集めてアイドルでもプロデュースしてやるか」と自嘲気味に呟いた。
すると玲奈は、悪魔のような笑みを浮かべて、静かに答えた。
「ええ、とても合理的で、素晴らしいアイデアね」
「その『アイドル選考』という名目で、あなたを裏切った女たちを、もう一度私たちの土俵に引きずり出しましょう。そして、今度こそ、完膚なきまでに叩き潰すのです」
その夜、玲奈と二人きりの城で、反撃の狼煙が上がった。
俺のチャンネルで始まった、予告なしのゲリラコラボ配信。
画面には、俺と、そして隣に微笑む天神玲奈。
同接数は、見たこともない速度で跳ね上がる。コメント欄が、狂喜と嫉妬で埋め尽くされる中、玲奈が、全世界に向けて、はっきりと宣言した。
「私は、神谷圭佑さんの『最初の恋人』、天神玲奈です」
そして、配信中のカメラの前で、俺の唇に、そっと、キスをした。
滝のように流れていたコメントが、一瞬、完全に、止まった。
新たな城で、最強すぎる共犯者と共に。
俺の世界をひっくり返すための、最高に甘くて、最高に過激な反撃が、今、始まった。
第3話 新生活(第2版)
俺の第二の人生は、天神姉妹という二人の女神(アクマ)への、甘美な隷属から始まった。その夜、玲奈は「生活の心配はいらないわ。何しろ、明日から私もここに住むのだから」と言い残し、莉愛と共に執事の運転する車で帰っていった。
ガラス張りの壁に囲まれた豪邸に、一人取り残される。街の灯りが宝石のように瞬く夜景も、今の俺にはただの虚構にしか見えなかった。ここは、俺の城なんかじゃない。美しすぎる、鳥籠だ。
ポケットのスマホが、現実との唯一の繋がりだった。
震える指で、配信アプリを起動する。予告なしのゲリラ配信。画面に映るのは、豪邸のリビングを背景に、疲れ切った顔の俺。
開始と同時に、コメントが滝のように流れ始めた。
『K! 生きてたか!』
『マジで天神姉妹といたのかよ!?』
『同棲ってマジ? 嫉妬で狂いそう』
『ここ、もしかして天神財閥の別荘じゃね? 特定班はよ』
狂喜、嫉妬、憶測。その熱量に、俺は少しだけ自分が「神谷圭佑」であることを思い出せた。
「……腹、減ったな。夜飯どうしよ」
独り言のように呟くと、コメントが即座に反応する。言われるがままにシステムキッチンへ向かい、巨大な冷蔵庫を開ける。中は高級そうなミネラルウォーターと、なぜか無数の冷凍食品で埋め尽くされていた。玲奈の、歪んだ優しさなのだろうか。電子レンジで温めたナポリタンを無心で掻き込む。味はしない。
『他の部屋も見せて!』
コメントに促され、リビングの奥にあるドアノブに手をかけたが、びくともしない。
「……開かねえ」
俺は王様なんかじゃない。飼われているペットだ。
「……そろそろ風呂入るから、今日は切るわ」
逃げるように配信を止め、俺はバスルームへ向かった。足の裏に触れる、大理石のひんやりとした感触。壁一面の巨大な鏡に映っていたのは、ヨレヨレのTシャツと色褪せたジーンズを穿いた、場違いな男の姿だった。
「……ダサい服だな」
自嘲が、胸を刺す。この豪奢な空間との圧倒的なコントラストが、「庶民」と「金持ち」という、決して越えられない壁を突きつけてくる。ふと、ガラス製の脱衣籠に目をやる。そこには、完璧に畳まれたシルクのパジャマが置かれていた。ぞくり、と背筋に悪寒が走った。
「……準備が、よすぎるだろ」
俺がこの城に囚われることは、初めから計画されていたのだ。その用意周到さに、優しさではなく、底知れない恐怖を感じた。鏡に映る自分は、恐怖と、諦めと、そして、この狂ったゲームに乗ってやろうじゃないかという、歪んだ好奇心。それらがない交ぜになった、見たこともない顔をしていた。
キングサイズのベッドに横たわり、眠れないまま朝を迎えた。
翌朝、俺の目に飛び込んできたのは、高く、美しい木目が見える、傾斜のついた天井だった。
「おはよう、神谷さん。よく眠れたかしら」
ラフなTシャツにショートパンツという姿の玲奈が、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。その手には、完璧な焼き加減のトーストと、香り高いコーヒーが乗ったトレー。
「おはよう……。いや、あんまり。……これは、夢か?」
俺が自分の頬をつねると、確かな痛みがあった。
「ふふっ。生活環境が変わったから寝れなかったのね。ここは、あなたの新しい『城』よ」
朝日が差し込むダイニングテーブルには、まるでホテルの朝食のような完璧な食事が並んでいた。俺が席に着くと、入れ替わるように制服姿の莉愛が、勢いよくリビングに現れた。
「お姉ちゃん! Kくん! おっはよー!」
彼女は元気いっぱいに挨拶すると、そのまま俺の隣に座り、スマホの画面を見せてきた。
「見て見て! 私も昨日、Kくんとゲーセンいたってだけで、アンチにめっちゃ叩かれて炎上しちゃった! でも、圭佑くんのガチ恋だって証明できたみたいで、逆に嬉しかったりして!」
強がるように笑う彼女の目の下には、隠しきれない隈が浮かんでいた。
食事の後、俺たちは三人でキッチンに立った。譲り合っているうちに、自然と仲良く洗い物を始める。莉愛が泡だらけの手で俺の頬を撫でようとし、玲奈がそれを冷静に諌める。そんな、ごく普通の家族のような温かい光景に、俺の凍りついた心が少しだけ溶けていくのを感じた。
洗い物を終え、俺はふと思い出したように切り出した。
「そういえば昨日、開かない部屋があったんだけど。あれって、セキュリティカードか何かで開けるやつ?」
俺の言葉に、玲奈が「あっ」と声を上げた。
「ごめんなさい、神谷さん。渡すのを忘れていたわ」
彼女がテーブルの上に置いたのは、シルバーを基調とした、理知的なデザインのカードキーだった。
「これは、この家のマスターキー。そして、私との『恋人契約』の証。私は神谷さんの全てを管理し、成功へと導く。その代わり、神谷さんはこのカードで、私の全てを『使用』する権利を得るの」
「待って、お姉ちゃんだけずるい!」
会話を聞いていた莉愛が、今度はピンクゴールドのカードキーを、俺の手に握らせてきた。
「Kくん、こっちも受け取って! これは、このお城の、Kくんのプライベートエリアに、私だけが入れる『特別許可証』! そして、私との『恋人契約』の証! Kくんの心は、私が独占する! その代わり、Kくんは私を『所有』していいからねっ!」
性質の異なる二枚の「恋人カード」を手に、俺の理性は完全に焼き切れた。
直後、莉愛が「そうだ! 記念すべき初仕事、始めよっか!」とタブレットを取り出す。リビングのソファで、俺を間に挟み、姉妹は「圭佑くんの最強装備」を、実に楽しそうに、しかし一切の躊躇なく次々とカートに放り込んでいく。決済ボタンを押した莉愛が、にっこりと笑った。「お急ぎ便にしたから、明日には全部届くって!」
その、あまりに現実離れした光景に、俺はただ圧倒されるしかなかった。
やがて、二人は大学と高校へ行く時間になった。俺は玄関ホールまで二人を見送る。
「Kくん、学校終わったらすぐ帰ってくるからね! 炎上なんかに負けないんだから!」
莉愛は最後まで強気にそう言うと、先に玄関を出て行った。
一人残った玲奈は、一瞬だけ真剣な顔で俺に告げた。
「神谷さん。あの子、ああ見えて相当参っています。炎上のことも、本当は怖くて仕方ないはず。……私もよ。私たちは、覚悟を持ってあなたの前に現れた。そのことだけは、忘れないで」
そう言い残し、彼女もまた、戦場へと向かう女神のように、玄関を出て行った。
一人になった俺は、閉まったドアを見つめ、静かに呟いた。
「……女の子を、泣かせちまったな」
彼女たちの覚悟を突きつけられ、俺の中で何かが固まった。もう、逃げることは許されない。
俺はカードキーを手に、昨日開かなかったドアの前に立つ。シルバーのカードキーをかざすと、重厚な扉が静かに開いた。中は、完璧な防音設備が施された、プロ仕様のスタジオだった。
「ここを、俺の配信部屋にするか……」
俺はスマホを取り出し、ゲリラ配信を開始した。
「よう、お前ら。見ての通り、新しい配信部屋だ。明日には機材も届く」
『神スタジオ!』『いくらかかったんだよw』とコメントが沸く。
俺はヤケクソ気味に、そして不敵に笑って宣言した。
「それから、俺、アイドルプロデュースを始めることにした。俺の『ガチ恋』限定で、メンバーを募集する。我こそはって奴は、覚悟して待ってろ」
コメント欄は『マジかよ!』『俺も応募していい?(男)』という狂喜で爆発した。
その夜、玲奈と二人きりの城で、反撃の狼煙が上がった。
配信直前、俺は玲奈に昼間の発表を報告した。
「ええ、見ていましたわ」玲奈は微笑みながらも、その瞳は笑っていなかった。「…随分と、楽しそうでしたわね。たくさんの可愛い女の子たちに、囲まれるのでしょう?」
その嫉妬の色を帯びた言葉に、俺は何も言えなかった。
そして、予告なしのコラボ配信が始まった。
画面には、俺と、そして隣に微笑む天神玲奈。
同接数は、見たこともない速度で跳ね上がる。コメント欄が、狂喜と嫉嫉で埋め尽くされる中、玲奈が、全世界に向けて、はっきりと宣言した。
「私は、神谷圭佑さんの『最初の恋人』、天神玲奈です」
昼間の嫉妬があったからこそ、その言葉は「他の誰にも渡さない」という強烈な意志の表明に聞こえた。
そして、配信中のカメラの前で、俺の唇に、そっと、キスをした。
滝のように流れていたコメントが、一瞬、完全に、止まった。
新たな城で、最強すぎる共犯者と共に。
俺の世界をひっくり返すための、最高に甘くて、最高に過激な反撃が、今、始まった。
第4話 覚醒の王
エラーで配信が切れ、静寂が訪れる。俺は、今しがた唇に触れた玲奈の柔らかい感触と、モニターに表示された天文学的な同接数に、完全に思考が停止していた。「……どういうつもりだ?」やっとのことで絞り出した声は、自分でも驚くほど冷たく響いた。
「俺みたいな男と絡んで、炎上したいのか!? あんたまで、俺みたいに不幸になりたいのか!?」
俺が受けた心の傷が、膿のように溢れ出す。人間なんて信じられるものか。
玲奈は、潤んだ瞳で俺を見つめ返すと、少し怒ったように言った。
「……勝手なこと言わないでよ。神谷さんがアイドルプロデュースするって言うから、嫉妬しただけよ……責任、取ってよね?」
「……帰らせてもらう。世話になったな」
その言葉の真意を測りかねた俺は、自らの不器用な優しさを、拒絶という刃に変えて、彼女と、この甘すぎる城から逃げ出そうとした。
決意して玄関の扉を開ける。
その先に、彼女が立っているとは、思いもせずに。
「お姉ちゃん! 配信見てたよ!? ズルいっ!」
鬼の形相で仁王立ちしていたのは、学校帰りの莉愛だった。彼女は、ぷんすかと頬を膨らませ、俺と姉を交互に睨みつける。
「モデルの撮影、早く終わらせてタクシーで飛んできたんだから!」
「お姉ちゃんがキスでKくんを落す気なら、私は手料理で胃袋を掴むから! お姉ちゃん、昔から料理だけは壊滅的にヘタなんだからねっ!」
そのあまりに子供っぽい宣戦布告に、玲奈は「そ、そんなことは…」と狼狽えている。
修羅場の真ん中で呆然と立ち尽くす俺の、その緊張感をぶち壊すように、
ぐぅぅぅぅぅ…。
俺の腹の音が、情けなく響き渡った。
その音に、張り詰めていた空気がふ、と緩む。莉愛がぷっと噴き出し、涙を拭いながら笑った。
「…そっか。お腹空いてるんだ。任せて!」
彼女はキッチンに駆け込むと、冷凍庫から取り出した市販のハンバーグを焼き始め、その上に完璧な半熟の目玉焼きを乗せ、特製だというデミグラスソースをたっぷりとかけた。「はい、お待たせ! 私の愛情たっぷり、手作りハンバーグだよ!」と、満面の笑みで差し出す。
その、温かいハンバーグを前にした瞬間、俺の目から、訳もわからず涙が溢れ出した。止まらない。
「え、どうしたの? Kくん?」莉愛が慌てて俺の顔を覗き込む。
「……莉愛の優しさが、身に沁みたのかしら」隣で見ていた玲奈の瞳も、潤んでいた。
「……ありがとう」
俺は、嗚咽交じりに、それだけを言うのが精一杯だった。
「もー、口開けて、Kくん」
莉愛はハンバーグを小さく切り分けると、俺の口元に持っていく。
俺が素直に口を開けて食べると、肉汁とデミグラスソースの優しい味が口いっぱいに広がった。
「……美味い」
「でしょ! だから、男でしょ? もう泣かないの!」
莉愛は、そう言って俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
食事の後、未成年である莉愛は家に帰る時間になった。執事の車が迎えに来るまで、俺たちは三人で玄関ホールで待機する。やがて現れた黒塗りのセダンに乗り込む直前、莉愛は俺の前に立つと、背伸びをして、俺の唇にチュッと軽いキスをした。
「……これで、おあいこだね、お姉ちゃん」
悪戯っぽく笑い、彼女は車に乗り込んでいった。
翌朝、玲奈も大学へ行き、俺は一人で豪邸に残された。
俺はスマホを取り出し、ゲリラ配信を開始する。
「よう、お前ら。昨日の続きだ。今日は、この城のルームツアーでもするか。このシルバーのカードキーがあれば、昨日開かなかった部屋も入れるらしい」
俺はシルバーのカードキーをかざし、昨日開かなかった部屋のドアを次々と開けていく。トレーニングジム、プール、そして、巨大なスクリーンが設置されたシアタールーム。
「うおっ、マジかよ! ここで映画見たりゲームとかしたら、最高だろ……!」
庶民的な俺のリアクションに、『K、完全に成り上がったなw』『ここでホラゲ実況してほしい!』とコメント欄が沸く。その熱狂に、俺はすっかり舞い上がっていた。
「いいな、それ! この大画面でやったら、絶対面白いよな!」
俺は配信に夢中になるあまり、手にしていたスマホとシルバーカードキーを、無造作にシアタールームのテーブルの上に置いた。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「ん、誰か来たみてえだ。悪い、一旦……」
言いかけた瞬間、配信画面がフリーズし、ブツッと音を立てて暗転した。電波障害か、何かのエラーだろう。
配信を止め、玄関に向かうと、そこには昨日注文した機材を運んできた業者たちが立っていた。
「スタジオはこちらでよろしかったでしょうか?」
「ああ、こっちだ」
俺は業者をスタジオルームへと案内するが、そのドアが開かない。ポケットを探るが、シルバーカードキーが見当たらない。
(どこに置いたんだっけ? ……そうだ、さっきのシアタールームか! でも、業者を待たせるわけにはいかないし…)
困惑する業者を前に、俺が途方に暮れていると、ふと、ポケットの中のもう一つのカードキーの存在を思い出した。莉愛がくれた、ピンクゴールドのカードキー。
(ダメ元でやってみるか…)
それをドアのパネルにかざすと、カチリ、という電子音と共に、重厚な扉が静かに開いた。
午後、俺たちは桐島弁護士の事務所を訪れていた。広々としたオフィスで、桐島はノートパソコンの画面を俺たちに見せる。そこには、俺のチャンネルのコメント欄や、SNSのリプライ、掲示板の書き込みが、びっしりと表示されていた。
「神谷さんへの誹謗中傷に関する発信者情報開示請求は、すでに着手しています。ご自宅に届いた葉書なども、筆跡鑑定や指紋検出を行い、犯人を特定します」
「桐島、どれくらいかかりそう?」
玲奈が冷静に尋ねる。
「三ヶ月と言いたいところですが…二ヶ月でなんとかします」
「もっと早くできないの?」
莉愛が、もどかしそうに口を挟む。
「お嬢様、これが限界です」
桐島は、静かに答えた。
(この時が来たんだな……)
俺は、固唾を飲んで画面を見つめていた。
桐島は、そんな俺の覚悟を見透かすように、真っ直ぐな目で告げた。
「神谷さん。……長い戦いになりますよ」
事務所からの帰り道、莉愛が「話は決まり! じゃあ、次はプロデューサーの『見た目』でしょ!」とスマホを取り出し、タクシーを呼ぼうとする。
俺は、そんな彼女の手を、静かに制した。
「莉愛。もう、逃げる必要はないだろ?」
俺は、玲奈と莉愛に、それぞれ手を差し出す。
「三人で、仲良く手を繋いで歩こうぜ」
俺のその言葉に、二人は顔を見合わせ、幸せそうに微笑んで、俺の手を握った。その様子を見ていたSPたちが、周囲に鋭い視線を配る。
「お嬢様を頼みます、神谷さん。我々が、全力でお守りします」
向かったのは、都心の一等地に佇む高級ブランドのブティックだった。
「絶対こっちのストリート系が似合うって! Kくん、若返るよ!」
莉愛が持ってきた服に、玲奈が眉をひそめる。
「いいえ、莉愛。神谷さんには、もっと落ち着いた、知的なスタイルの方がお似合いよ。こちらのテーラードジャケットなど、どうかしら」
「えー、お姉ちゃんのセンス、おじさんくさーい!」
「莉愛こそ、子供っぽいわよ」
鏡の前で、俺を巡る二人のコーディネートバトルが始まった。その光景に戸惑っていると、莉愛が目を輝かせた。
「Kくん、モデルとかどうかな?」
「いいじゃない。うちの系列のモデル事務所に、マネージャーとして話を通しておくわ」
玲奈が即座に同意する。
「……マジかよ」
俺の呟きは、二人の熱狂にかき消された。
その時、俺の口から、無意識に言葉がこぼれていた。
「…玲奈さん。その服も素敵ですが、あなたの本来の魅力を、少しだけ隠してしまっている気がします。貴女は、もっと…強くて、華やかな色が似合う。こういう…」
俺が選んだ大胆なドレスに着替えた玲奈は、まるで「月」から「太陽」へと変貌したかのように、圧倒的なオーラを放ち始めた。
「莉愛も。その服も可愛いけど、君の元気さを活かすなら、もっとポップな色使いで、少しボーイッシュな要素を入れた方が、ギャップで可愛さが際立つと思う」
俺のアドバイス通りに着替えた莉愛は、ただの美少女から、誰も敵わない「無敵のアイドル」へと昇華されていた。
これまで俺がネットの世界で、何千、何万というコンテンツを見てきた経験。その膨大なデータが、俺の脳内で**「プロデュース能力」**として蓄積されていたのだ。俺は、この時初めて、自分の中に眠っていた「才能」の存在に気づいた。
「お姉ちゃん、Kくんすごい…!」
莉愛は興奮した様子でスマホを取り出すと、変貌を遂げた俺たち三人の姿を撮影し、こう呟いてSNSに投稿した。
『新生Kスケ、爆誕! プロデューサーは、神でした。#KスケPの神コーデ』
その投稿は、瞬く間に拡散された。
数時間後には「#KスケPの神コーデ」がトレンド1位を獲得。ネットは「あの地味なKスケが!?」「隣の女、美人すぎだろ…」「このプロデューサー、本物か?」と、熱狂の渦に包まれていた。
夜。リビングでは、玲奈がノートパソコンに向かい、驚異的な速さでキーボードを叩いていた。その隣で、俺と莉愛は固唾を飲んで画面を覗き込んでいる。
カタカタカタ……ターン!
小気味良い最後のエンターキーの音と共に、玲奈が静かに告げた。
「――できたわ」
モニターに映し出されていたのは、洗練されたデザインと、俺たちの理念が完璧に表現された**「Kスケ『ガチ恋彼女オーディション』特設応募サイト」**だった。
「すげえ……」
「お姉ちゃん、さすが!」
俺と莉愛は、思わず感嘆の声を漏らした。
その時、莉愛のスマホが鳴った。
「あ、爺がお迎えに来たみたい。私、もう帰るね」
莉愛は名残惜しそうに立ち上がると、俺に向かって悪戯っぽくウインクした。
「オーディションの報告、楽しみにしてるからね!」
そう言い残し、彼女は上機嫌で玄関へと向かっていった。
静かになったリビングで、俺は玲奈と二人、ノートパソコンの画面を見つめる。時計の針が、運命の0時を指そうとしていた。
SNSの熱狂を背に、玲奈がサイトを公開する。
その、直後だった。
ピコン、と静かな通知音が響く。サイト公開と同時に、一件の応募通知が届いたのだ。
その応募者のプロフィール画面を開いた玲奈が、息を呑んで俺にモニターを向けた。
【氏名】佐々木美月(みつき)
【応募動機】かつて私が犯した過ちを、償いたいです。もう一度、彼を信じさせてください。
そこには、スーツ姿で控えめに微笑む、佐々木さんの顔写真があった。
美月、か。
俺は、もはや怯えるだけの被害者ではなかった。
SNSの熱狂が、世間が、そして何より隣にいる女神たちが、俺に自信を与えてくれていた。
俺は、プロデューサーとして、自らの「過去」と対峙する時が来たことを知った。
「…オーディションに、呼んでくれ」
それは、怯えていた青年の言葉ではなかった。
自らの物語の舵を、自分の手で握ると決めた、覚醒した王の第一声だった。
第4話 覚醒の王(第2版)
エラーで配信が切れ、静寂が訪れる。俺は、今しがた唇に触れた玲奈の柔らかい感触と、モニターに表示された天文学的な同接数に、完全に思考が停止していた。「……どういうつもりだ?」やっとのことで絞り出した声は、自分でも驚くほど冷たく響いた。
「俺みたいな男と絡んで、炎上したいのか!? あんたまで、俺みたいに不幸になりたいのか!?」
俺が受けた心の傷が、膿のように溢れ出す。人間なんて信じられるものか。
玲奈は、潤んだ瞳で俺を見つめ返すと、少し怒ったように言った。
「……勝手なこと言わないでよ。神谷さんがアイドルプロデュースするって言うから、嫉妬しただけよ……責任、取ってよね?」
「……帰らせてもらう。世話になったな」
その言葉の真意を測りかねた俺は、自らの不器用な優しさを、拒絶という刃に変えて、彼女と、この甘すぎる城から逃げ出そうとした。
決意して玄関の扉を開ける。
その先に、彼女が立っているとは、思いもせずに。
「お姉ちゃん! 配信見てたよ!? ズルいっ!」
鬼の形相で仁王立ちしていたのは、学校帰りの莉愛だった。彼女は、ぷんすかと頬を膨らませ、俺と姉を交互に睨みつける。
「モデルの撮影、早く終わらせてタクシーで飛んできたんだから!」
「お姉ちゃんがキスでKくんを落す気なら、私は手料理で胃袋を掴むから! お姉ちゃん、昔から料理だけは壊滅的にヘタなんだからねっ!」
そのあまりに子供っぽい宣戦布告に、玲奈は「そ、そんなことは…」と狼狽えている。
修羅場の真ん中で呆然と立ち尽くす俺の、その緊張感をぶち壊すように、
ぐぅぅぅぅぅ…。
俺の腹の音が、情けなく響き渡った。
その音に、張り詰めていた空気がふ、と緩む。莉愛がぷっと噴き出し、涙を拭いながら笑った。
「…そっか。お腹空いてるんだ。任せて!」
彼女はキッチンに駆け込むと、冷凍庫から取り出した市販のハンバーグを焼き始め、その上に完璧な半熟の目玉焼きを乗せ、特製だというデミグラスソースをたっぷりとかけた。「はい、お待たせ! 私の愛情たっぷり、手作りハンバーグだよ!」と、満面の笑みで差し出す。
その、温かいハンバーグを前にした瞬間、俺の目から、訳もわからず涙が溢れ出した。止まらない。
「え、どうしたの? Kくん?」莉愛が慌てて俺の顔を覗き込む。
「……莉愛の優しさが、身に沁みたのかしら」隣で見ていた玲奈の瞳も、潤んでいた。
「……ありがとう」
俺は、嗚咽交じりに、それだけを言うのが精一杯だった。
「もー、口開けて、Kくん」
莉愛はハンバーグを小さく切り分けると、俺の口元に持っていく。
俺が素直に口を開けて食べると、肉汁とデミグラスソースの優しい味が口いっぱいに広がった。
「……美味い」
「でしょ! だから、男でしょ? もう泣かないの!」
莉愛は、そう言って俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
食事の後、未成年である莉愛は家に帰る時間になった。執事の車が迎えに来るまで、俺たちは三人で玄関ホールで待機する。やがて現れた黒塗りのセダンに乗り込む直前、莉愛は俺の前に立つと、背伸びをして、俺の唇にチュッと軽いキスをした。
「……これで、おあいこだね、お姉ちゃん」
悪戯っぽく笑い、彼女は車に乗り込んでいった。
静かになったリビング。玲奈は俺を豪華な主寝室へと案内した。キングサイズの、巨大なベッドが鎮座している。
「……なあ、玲奈さん」
「何かしら?」
「悪いんだけどさ、こんなデカいベッド、落ち着いて寝れないんだ。別の部屋、ないか?」
俺の庶民的な一言に、玲奈は一瞬、何かを言いたそうに口を開きかけたが、すぐに微笑みに変えて言った。
「……そう。わかったわ。こちらの客室を使って」
案内された部屋のドアの前で、彼女は少し寂しそうに立ち尽くしている。
「どうしたんだ?」
「……何でもないわ。おやすみなさい、神谷さん」
そう言い残し、彼女は自分の部屋へと向かう。シルクのパジャマに包まれた、その華奢な背中を、俺は何も言えずに見つめていた。
翌朝、玄関ホールで二人を見送った俺は、一人でゲリラ配信を開始した。
「よう、お前ら。昨日の続きだ。今日は、この城のルームツアーでもするか」
俺はシルバーカードキーを手にルームツアーを敢行。トレーニングジム、プール、そしてシアタールームの豪華さに、コメント欄と共に俺もテンションが上がる。『K、完全に成り上がったなw』『その家に住みてえ!』『家賃いくらだよw』。配信に夢中になるあまり、俺はシルバーカードキーをシアタールームのテーブルに置き忘れてしまった。
チャイムが鳴り、配信をエラーで切った後、機材を運んできた業者をスタジオルームに案内するが、ドアが開かない。ポケットを探ってもシルバーカードキーはない。ダメ元で莉愛のピンクゴールドカードキーをかざすが、やはり開かない。
「カードキーのシステム、全然わかんねえ!」
俺はそう嘆きながらシアタールームまで全力でダッシュし、シルバーカードキーを掴んで戻ってきた。
昼過ぎ、玲奈に教えてもらった住所を頼りに、俺はタクシーで桐島弁護士の事務所へ向かった。
「神谷さん。お嬢様たちが来るまで、まだ少し時間がある。よければ、昼飯でもどうです?」
タクシーを降りた俺は、桐島に連れられ、オフィス街の路地を歩いた。何を話せばいいのか分からない。弁護士相手に、どんな話題を振ればいいんだ? 俺が内心で焦っているうちに、会話もないまま、目的のうどん店に到着した。
店を出て事務所に戻ると、ちょうど玲奈と莉愛が到着したところだった。
広々としたオフィスで、桐島はノートパソコンの画面を俺たちに見せる。
「神谷さんへの誹謗中傷に関する発信者情報開示請求は、すでに着手しています」
桐島が淡々と説明する中、玲奈は腕を組み、鋭い視線で画面の情報を分析している。莉愛は退屈そうに脚をブラブラさせていたが、自分の炎上の話題になると、悔しそうに唇を噛んだ。俺は、自分の運命が決まる話に、固唾を飲んで画面に食い入っていた。
「桐島、どれくらいかかりそう?」
「二ヶ月でなんとかします」
「もっと早くできないの?」
「お嬢様、これが限界です」
帰り際、俺は尋ねた。「爆破予告の犯人って、わかりますか?」
桐島は、黒縁メガネの奥の瞳を光らせた。「心配はご無用です。……抜かりはありません」
事務所からの帰り道、俺はタクシーを呼ぼうとする莉愛の手を制した。
「もう、逃げる必要はないだろ? 三人で、手を繋いで歩こうぜ」
俺が手を差し出すと、二人は幸せそうに微笑んでそれを握った。道中、「Kさんですか?」と声をかけてきた女子高生ファンと、俺は気さくに握手を交わし、一緒に写真を撮った。「アンチに負けないでください!」という声援に、俺は少し照れながら手を振る。その光景を、玲奈と莉愛は、少し離れた場所から、どこか誇らしげに、しかし、ほんの少しだけ複雑な表情で見つめていた。
向かったのは、都心の一等地に佇む高級ブランドのブティックだった。
莉愛にされるがままに着替えて試着室から出ると、俺は大きな姿見に映る自分を見て、思わず呟いた。
「……似合ってねえな」
その一言をきっかけに、姉妹のコーディネートバトルが始まった。
「絶対こっちのストリート系が似合うって!」
「いいえ、莉愛。神谷さんには、もっと落ち着いた、知的なスタイルの方がお似合いよ」
やがて決まった服に、再度着替える。俺が試着室から出てくると、さっきまで騒がしかった玲奈と莉愛が、息を呑んで固まった。
そこに立っていたのは、もはや製氷工場で働いていた頃の、陰鬱なオーラをまとった男ではなかった。体に吸い付くようなシルエットの、上質な黒のセットアップ。インナーには、遊び心のあるプリントTシャツを合わせ、足元はシンプルな白のスニーカーで外している。自信のなさを隠すように丸まっていた背筋は堂々と伸び、何かに怯えていた瞳は、今は、全てを見透かすような鋭い光を宿していた。それは、まさに、これからエンタメ業界に君臨する、若き「王」の風格そのものだった。
その変貌ぶりに、莉愛が目を輝かせた。
「Kくん、モデルとかどうかな?」
「いいじゃない。うちの系列のモデル事務所に、マネージャーとして話を通しておくわ」
「……マジかよ」
俺の呟きは、二人の熱狂にかき消された。
その時、俺の口から、無意識に言葉がこぼれていた。
「…玲奈さん。あなた、普段はスカートが多いけど、その服も素敵ですが、あなたの本来の魅力を、少しだけ隠してしまっている気がします」
「あなたは、もっと…強くて、華やかな色が似合う。こういう…」
俺が選んだ大胆なドレスを手に取ると、玲奈は試着室へと向かった。出てきた彼女は、まるで「月」から「太陽」へと変貌したかのように、圧倒的なオーラを放っていた。
「……似合ってる、かしら?」恥ずかしそうに頬を染める彼女に、俺は見惚れていた。
「莉愛も。制服も可愛いけど、君の元気さを活かすなら、もっとポップな色使いで、少しボーイッシュな要素を入れた方が、ギャップで可愛さが際立つと思う。例えば、キャップを逆さにかぶって、ショートパンツで健康的な脚を見せるとか」
制服姿の莉愛も、俺のアドバイス通りに着替えて試着室から出てきた。
「わ、すごい! これ、気に入った!」
彼女は、ただの美少女から、誰も敵わない「無敵のアイドル」へと昇華されていた。
これまで俺がネットの世界で、何千、何万というコンテンツを見てきた経験。その膨大なデータが、俺の脳内で**「プロデュース能力」**として蓄積されていたのだ。俺は、この時初めて、自分の中に眠っていた「才能」の存在に気づいた。
「お姉ちゃん、圭佑くんすごい…!」
莉愛は興奮した様子でスマホを取り出すと、変貌を遂げた俺たち三人の姿を撮影し、こう呟いてSNSに投稿した。
『新生Kスケ、爆誕! プロデューサーは、神でした。#KスケPの神コーデ』
その投稿は、瞬く間に拡散された。
夜。リビングでは、玲奈がノートパソコンに向かい、驚異的な速さでキーボードを叩いていた。その隣で、俺と莉愛は固唾を飲んで画面を覗き込んでいる。
カタカタカタ……ターン!
小気味良い最後のエンターキーの音と共に、玲奈が静かに告げた。
「――できたわ」
モニターに映し出されていたのは、洗練されたデザインと、俺たちの理念が完璧に表現された**「Kスケ『ガチ恋彼女オーディション』特設応募サイト」**だった。
「すげえ……」「お姉ちゃん、さすが!」
俺と莉愛は、思わず感嘆の声を漏らした。
その時、莉愛のスマホが鳴った。
「あ、爺がお迎えに来たみたい。私、もう帰るね」
莉愛は名残惜しそうに立ち上がると、俺に向かって悪戯っぽくウインクした。
「オーディションの報告、楽しみにしてるからね!」
そう言い残し、彼女は上機嫌で玄関へと向かっていった。
静かになったリビングで、俺は玲奈と二人、ノートパソコンの画面を見つめる。時計の針が、運命の0時を指そうとしていた。
SNSの熱狂を背に、玲奈がサイトを公開する。
その、直後だった。
ピコン、と静かな通知音が響く。サイト公開と同時に、一件の応募通知が届いたのだ。
その応募者のプロフィール画面を開いた玲奈が、息を呑んで俺にモニターを向けた。
【氏名】佐々木 美月みつき
【応募動機】神谷さんの切り抜きを見て好きになりました。私を覚えてますか?
そこには、スーツ姿で控えめに微笑む、佐々木さんの顔写真があった。美月、か。
俺は、もはや怯えるだけの被害者ではなかった。
SNSの熱狂が、世間が、そして何より隣にいる女神たちが、俺に自信を与えてくれていた。
俺は、プロデューサーとして、自らの「過去」と対峙する時が来たことを知った。
「…オーディションに、呼んでくれ」
それは、怯えていた青年の言葉ではなかった。
自らの物語の舵を、自分の手で握ると決めた、覚醒した王の第一声だった。
第4話 覚醒の王(第3版)
エラーで配信が切れ、静寂が訪れる。俺は、今しがた唇に触れた玲奈の柔らかい感触と、モニターに表示された天文学的な同接数に、完全に思考が停止していた。
「……どういうつもりだ?」やっとのことで絞り出した声は、自分でも驚くほど冷たく響いた。
「俺みたいな男と絡んで、炎上したいのか!? あんたまで、俺みたいに不幸になりたいのか!?」
俺が受けた心の傷が、膿のように溢れ出す。人間なんて信じられるものか。
玲奈は、潤んだ瞳で俺を見つめ返すと、少し怒ったように言った。
「……勝手なこと言わないでよ。神谷さんがアイドルプロデュースするって言うから、嫉妬しただけよ……責任、取ってよね?」
「……帰らせてもらう。世話になったな」
その言葉の真意を測りかねた俺は、自らの不器用な優しさを、拒絶という刃に変えて、彼女と、この甘すぎる城から逃げ出そうとした。
決意して玄関の扉を開ける。
その先に、彼女が立っているとは、思いもせずに。
「お姉ちゃん! 配信見てたよ!? ズルいっ!」
鬼の形相で仁王立ちしていたのは、学校帰りの莉愛だった。彼女は、ぷんすかと頬を膨らませ、俺と姉を交互に睨みつける。
「モデルの撮影、早く終わらせてタクシーで飛んできたんだから!」
「お姉ちゃんがキスでKくんを落す気なら、私は手料理で胃袋を掴むから! お姉ちゃん、昔から料理だけは壊滅的にヘタなんだからねっ!」
そのあまりに子供っぽい宣戦布告に、玲奈は「そ、そんなことは…」と狼狽えている。
修羅場の真ん中で呆然と立ち尽くす俺の、その緊張感をぶち壊すように、
ぐぅぅぅぅぅ…。
俺の腹の音が、情けなく響き渡った。
その音に、張り詰めていた空気がふ、と緩む。莉愛がぷっと噴き出し、涙を拭いながら笑った。
「…そっか。お腹空いてるんだ。任せて!」
彼女はキッチンに駆け込むと、冷凍庫から取り出した市販のハンバーグを焼き始め、その上に完璧な半熟の目玉焼きを乗せ、特製だというデミグラスソースをたっぷりとかけた。「はい、お待たせ! 私の愛情たっぷり、手作りハンバーグだよ!」と、満面の笑みで差し出す。
その、温かいハンバーグを前にした瞬間、俺の目から、訳もわからず涙が溢れ出した。止まらない。
「え、どうしたの? Kくん?」莉愛が慌てて俺の顔を覗き込む。
「……莉愛の優しさが、身に沁みたのかしら」隣で見ていた玲奈の瞳も、潤んでいた。
「……ありがとう」
俺は、嗚咽交じりに、それだけを言うのが精一杯だった。
「もー、口開けて、Kくん」
莉愛はハンバーグを小さく切り分けると、俺の口元に持っていく。
俺が素直に口を開けて食べると、肉汁とデミグラスソースの優しい味が口いっぱいに広がった。
「……美味い」
「でしょ! だから、男でしょ? もう泣かないの!」
莉愛は、そう言って俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
食事の後、未成年である莉愛は家に帰る時間になった。執事の車が迎えに来るまで、俺たちは三人で玄関ホールで待機する。やがて現れた黒塗りのセダンに乗り込む直前、莉愛は俺の前に立つと、背伸びをして、俺の唇にチュッと軽いキスをした。
「……これで、おあいこだね、お姉ちゃん」
悪戯っぽく笑い、彼女は車に乗り込んでいった。
数時間後、玲奈が風呂入る音を聞きながら、俺はリビングのソファに座りスマホを弄る。
エゴサするとSNSは盛り上がっていた。
「先に出たわよ」
玲奈が風呂上がりのシルクのパジャマでリビングに来てタオルで髪を拭いている。
「なんか、ありがとうな」
俺はぎこちなく礼を言うとバスルームに向かう。
「何やってんだろな、俺は」
湯船で今日の記憶を巡り、俺は呟いた。
玲奈は俺を豪華な主寝室へと案内した。キングサイズの、巨大なベッドが鎮座している。
「……なあ、玲奈さん」
「何かしら?」
「悪いんだけどさ、こんなデカいベッド、落ち着いて寝れないんだ。別の部屋、ないか?」
俺の庶民的な一言に、玲奈は一瞬、何かを言いたそうに口を開きかけたが、すぐに微笑みに変えて言った。
「……そう。わかったわ。こちらの客室を使って」
案内された部屋のドアの前で、彼女は少し寂しそうに立ち尽くしている。
「どうしたんだ?」
「……何でもないわ。おやすみなさい、神谷さん」
そう言い残し、彼女は自分の部屋へと向かう。シルクのパジャマに包まれた、その華奢な背中を、俺は何も言えずに見つめていた。
翌朝、玄関ホールで二人を見送った俺は、一人でゲリラ配信を開始した。
「よう、お前ら。昨日の続きだ。今日は、この城のルームツアーでもするか」
『K、今日の服オシャレじゃん』
「だろ? 昨日、天神姉妹にコーディネートしてもらったんだ」
『うらやまw』
俺はシルバーカードキーを手にルームツアーを敢行。トレーニングジム、プール、そしてシアタールームの豪華さに、コメント欄と共に俺もテンションが上がる。配信に夢中になるあまり、俺はシルバーカードキーをシアタールームのテーブルに置き忘れてしまった。
チャイムが鳴り、配信をエラーで切った後、機材を運んできた業者をスタジオルームに案内するが、ドアが開かない。ポケットを探ってもシルバーカードキーはない。ダメ元で莉愛のピンクゴールドカードキーをかざすが、やはり開かない。
「カードキーのシステム、全然わかんねえ!」
俺はそう嘆きながらシアタールームまで全力でダッシュし、シルバーカードキーを掴んで戻ってきた。
昼過ぎ、玲奈に教えてもらった住所を頼りに、俺はタクシーで桐島弁護士の事務所へ向かった。
到着すると、ガラス張りのエントランスで、桐島本人が待っていた。重厚なデスクの革張りの椅子からすっと立ち上がった彼の姿を見て、俺は思った。
前も思ったけど、スーツが似合う男だな……
「お嬢様たちが来るまで、まだ少し時間がある。よければ、昼飯でもどうです? 近くに、美味い手打ちうどんの店があるんですが」
事務所からうどん店まで、俺たちは会話もないまま歩いた。
店内で、うどんをすすりながら桐島が尋ねてきた。
「ところで神谷さん。玲奈様とは、うまくいってるんですか?」
「え? ああ、まあ……昨日は、別々の部屋で寝てました」
俺は恥ずかしさで頭の後ろを掻いた。
桐島は、箸を止め、呆れたように言った。「……恋人、なんですよね? 一緒に寝ないんですか?」
「で、ですよね……。風呂も、一人で入ってます」
「……そこはまあ、時間をかけていいでしょう」
「……よくスーツ、汚さずに食えますね」俺が感心して言うと、桐島は顔も上げずに答えた。「仕事の合間に食べるのが日常ですから。汚さずに食べるのが、プロというものです」その、あまりにも当然な正論に、俺は何も言えなくなった。
店を出て事務所に戻ると、ちょうど玲奈と莉愛が到着したところだった。広々としたオフィスで、桐島がノートパソコンの画面を俺たちに見せる。
「神谷さんへの誹謗中傷に関する発信者情報開示請求は、すでに着手しています」
桐島が淡々と説明する中、玲奈は腕を組み、鋭い視線で画面の情報を分析している。莉愛は退屈そうに脚をブラブラさせていたが、自分の炎上の話題になると、悔しそうに唇を噛んだ。俺は、自分の運命が決まる話に、固唾を飲んで画面に食い入っていた。
「桐島、どれくらいかかりそう?」
「二ヶ月でなんとかします」
「もっと早くできないの?」
「お嬢様、これが限界です」
帰り際、俺は尋ねた。「爆破予告の犯人って、わかりますか?」
桐島は、黒縁メガネの奥の瞳を光らせた。「心配はご無用です。……抜かりはありません」
事務所からの帰り道、俺はタクシーを呼ぼうとする莉愛の手を制した。
「もう、逃げる必要はないだろ? 三人で、手を繋いで歩こうぜ」
俺が手を差し出すと、二人は幸せそうに微笑んでそれを握った。道中、「Kさんですか?」と声をかけてきた女子高生ファンと、俺は気さくに握手を交わし、一緒に写真を撮った。「アンチに負けないでください!」という声援に、俺は少し照れながら手を振る。その光景を、玲奈と莉愛は、少し離れた場所から、どこか誇らしげに、しかし、ほんの少しだけ複雑な表情で見つめていた。
向かったのは、都心の一等地に佇む高級ブランドのブティックだった。
莉愛にされるがままに着替えて試着室から出ると、俺は大きな姿見に映る自分を見て、思わず呟いた。
「……似合ってねえな」
その一言をきっかけに、姉妹のコーディネートバトルが始まった。「絶対こっちのストリート系が似合うって!」「いいえ、莉愛。神谷さんには、もっと落ち着いた、知的なスタイルの方がお似合いよ」
やがて決まった服を手に、俺は試着室へと向かう。
(服を変えたくらいで、ほんとに印象なんて変わるもんかねえ……)
そんなことを呟きながら、ヨレヨレのTシャツと色褪せたジーンズを試着室で脱ぎ捨て、新しい服に袖を通す。
俺が試着室から出てくると、さっきまで騒がしかった玲奈と莉愛が、息を呑んで固まった。
そこに立っていたのは、もはや製氷工場で働いていた頃の、陰鬱なオーラをまとった男ではなかった。体に吸い付くようなシルエットの、上質な黒のセットアップ。インナーには、遊び心のあるプリントTシャツを合わせ、足元はシンプルな白のスニーカーで外している。自信のなさを隠すように丸まっていた背筋は堂々と伸び、何かに怯えていた瞳は、今は、全てを見透かすような鋭い光を宿していた。それは、まさに、これからエンタメ業界に君臨する、若き「王」の風格そのものだった。
その変貌ぶりに、莉愛が目を輝かせた。
「Kくん、モデルとかどうかな?」
「いいじゃない。うちの系列のモデル事務所に、マネージャーとして話を通しておくわ」
「……マジかよ」
俺の呟きは、二人の熱狂にかき消された。
その時、俺の口から、無意識に言葉がこぼれていた。
「…玲奈さん。あなた、普段はスカートが多いけど、その服も素敵ですが、あなたの本来の魅力を、少しだけ隠してしまっている気がします。あなたは、もっと…強くて、華やかな色が似合う。こういう…」
俺が選んだ大胆なドレスを手に取ると、玲奈は試着室へと向かった。出てきた彼女は、まるで「月」から「太陽」へと変貌したかのように、圧倒的なオーラを放っていた。
「……似合ってる、かしら?」恥ずかしそうに頬を染める彼女に、俺は見惚れていた。
「莉愛も。制服も可愛いけど、君の元気さを活かすなら、もっとポップな色使いで、少しボーイッシュな要素を入れた方が、ギャップで可愛さが際立つと思う。例えば、キャップを逆さにかぶって、ショートパンツで健康的な脚を見せるとか」
制服姿の莉愛も、俺のアドバイス通りに着替えて試着室から出てきた。
「わ、すごい! これ、気に入った!」
彼女は、ただの美少女から、誰も敵わない「無敵のアイドル」へと昇華されていた。
ひとしきりファッションショーを楽しんだ後、俺たちは、それぞれが着替えた服を何着か買うことにした。
これまで俺がネットの世界で、何千、何万というコンテンツを見てきた経験。その膨大なデータが、俺の脳内でプロデュース能力として蓄積されていたのだ。俺は、この時初めて、自分の中に眠っていた「才能」の存在に気づいた。
「お姉ちゃん、圭佑くんすごい…!」
莉愛は興奮した様子でスマホを取り出すと、変貌を遂げた俺たち三人の姿を撮影し、こう呟いてSNSに投稿した。
『新生Kスケ、爆誕! プロデューサーは、神でした。#KスケPの神コーデ』
その投稿は、瞬く間に拡散された。
夜。リビングでは、玲奈がノートパソコンに向かい、驚異的な速さでキーボードを叩いていた。その隣で、俺と莉愛は固唾を飲んで画面を覗き込んでいる。
カタカタカタ……ターン!
小気味良い最後のエンターキーの音と共に、玲奈が静かに告げた。
「――できたわ」
モニターに映し出されていたのは、洗練されたデザインと、俺たちの理念が完璧に表現された、Kスケ『ガチ恋彼女オーディション』特設応募サイト、だった。
「すげえ……」
「お姉ちゃん、さすが!」
俺と莉愛は、思わず感嘆の声を漏らした。
その時、莉愛のスマホが鳴った。
「あ、爺がお迎えに来たみたい。私、もう帰るね」
莉愛は名残惜しそうに立ち上がると、俺に向かって悪戯っぽくウインクした。
「オーディションの報告、楽しみにしてるからね!」
そう言い残し、彼女は上機嫌で玄関へと向かっていった。
静かになったリビング。
「お風呂、沸かしておくわね」
玲奈はそう言うと、バスルームの方へと消えていった。
「あ、いや、俺が……」
呼び止めようとしたが、声が出なかった。彼女はまだ、ブティックで買ったばかりの、大胆なドレスを着たままだ。その、普段とは違う艶やかな後ろ姿を、俺はただ見送ることしかできなかった。
一人残された俺は、広すぎるソファに深く腰掛け、テーブルの上に無造作に置かれていたゲーム雑誌を、夢中になって読み漁った。まるで、自分の部屋にいるかのように。
やがて戻ってきた玲奈は、俺の隣に座り、ノートパソコンの画面をこちらに向けた。
時計の針が、運命の0時を指そうとしていた。
SNSの熱狂を背に、玲奈がサイトを公開する。
その、直後だった。
ピコン、と静かな通知音が響く。サイト公開と同時に、一件の応募通知が届いたのだ。
その応募者のプロフィール画面を開いた玲奈が、息を呑んで俺にモニターを向けた。
【氏名】佐々木 美月
【応募動機】神谷さんの切り抜きを見て好きになりました。私を覚えてますか?
そこには、スーツ姿で控えめに微笑む、佐々木さんの顔写真があった。美月、か。
俺は、もはや怯えるだけの被害者ではなかった。
SNSの熱- 狂が、世間が、そして何より隣にいる女神たちが、俺に自信を与えてくれていた。
俺は、プロデューサーとして、自らの「過去」と対峙する時が来たことを知った。
「…オーディションに、呼んでくれ」
それは、怯えていた青年の言葉ではなかった。
自らの物語の舵を、自分の手で握ると決めた、覚醒した王の第一声だった。
第5話 悪魔の正体
俺は玲奈と同じベッドで横になっていた。隣で規則正しい寝息を立てる玲奈の、無防備な寝顔を見ていると、不思議と心が安らいだ。シルクのパジャマに包まれた、華奢な身体。「……神谷、さん……」不意に、彼女が寝言を言う。その声を聞きながら、俺は、明日会うことになるであろう、もう一人の女性――佐々木美月のことを考えていた。翌朝、俺たちは別荘に併設された多目的ホールへと向かった。重厚な扉に莉愛のピンクゴールドカードキーをかざすと、カチリ、とロックが解除される。
「マジかよ、ここも天神財閥の所有物だったのか……。完全に他人の家だと思ってたぜ」
ホールの中央には、長机が一つ。その上に、俺たちが厳選した、8枚の応募用紙が並べられていた。これから始まる、美の戦場。俺は緊張で喉が渇き、思わず机の上のペットボトルの水を煽った。
「大丈夫? 神谷さん」玲奈が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「こりゃ、ライバルが増えるなあ」莉愛は、応募者たちの顔写真を見ながら、楽しそうに呟いた。
やがて、会場に8人の候補生たちが集結した。俺は審査員席から立ち上がり、彼女たちに向かって挨拶する。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。俺の独断と偏見で実現した、この『ガチ恋彼女オーディション』。精一杯審査しますので、よろしくお願いします」
その瞬間、俺の視線は、応募者の中に立つ一人の女性――白石紬と交差した。彼女は、佐々木さんの元いた保険会社で、彼女の先輩だった人だ。彼女は、ただ静かに、しかし覚悟を決めたような瞳で俺を見つめ、小さく頷いた。
オーディションは、異様な熱気に包まれていた。俺たち審査員の前で、7人の美女たちが、それぞれの魅力を爆発させる。
元国民的アイドルグループのセンター・星川キララは、シンプルなレッスン着姿で、圧巻のダンスパフォーマンスを披露した。その姿に、俺は思わず「すげえ…」と声を漏らす。その瞬間、隣に座る玲奈が、テーブルの上で指をトントンと苛立たしげに鳴らし始めたのが分かった。
現役JKモデルの橘みちるは、流行のミニスカート制服姿で、「圭佑先輩へのプレゼントです♡」と自分の写真集を俺に手渡し、莉愛を挑発する。「圭佑くんは私の!」と莉愛が立ち上がって応戦し、会場が笑いに包まれる。
地雷系ファッションに身を包んだ、ビジュアル系バンドのボーカル・黒崎アゲハは、「圭佑、愛してるぜェ!!」と強烈なデスボイスで叫び、俺は思わずのけぞった。
大人しい雰囲気の、元メイド・雨宮しずくは、フリフリのメイド服姿で、「ご主人様のために、萌え萌えきゅん♡」と小声で呟き、顔を真っ赤にした。
現役女子大生でVTuberとしても活動する姫宮あんじゅは、流行りのブランドロゴが入ったパーカーにミニスカートという、どこか計算された「リアルな女子大生」ファッションで現れ、「あんじゅのビームで、圭佑さんのハート、狙い撃ちっ♡」と可愛い声で言い放ち、俺は思わず胸を押さえた。
元コンカフェ嬢の夢野まりあは、ピンクと白を基調とした、フリルとリボンが満載の『量産型』ファッションで登場。「圭佑お兄ちゃんの妹枠、狙ってます♡」と、あざとく小首を傾げ、計算され尽くした上目遣いで俺を射抜いてきた。
そして、リクルートスーツに身を包んだ**白石紬(しらいし つむぎ)**は、静かに言った。「…私のスーツ、どうかな? バーテンダーのバイト経験があるので、カクテル作りなら、誰にも負けません」その意外な自己PRに、俺は興味を惹かれた。
7人の応募者が、終わった。
そして、最後に現れたのは、佐々木美月だった。
彼女は、俺たち審査員と、他の応募者たち――その中に白石さんがいることを完全に認識しながらも、一切動じることなく、挑戦的に微笑んだ。
「神谷さん、お久しぶりです。…今日の私のスーツ、あなたの好みだと嬉しいのですが。昔の配信で、OLが好きだと仰ってましたから」
その言葉に、俺はかつて製氷工場で、彼女と白石さんが談笑していた光景を思い出していた。
続けて彼女は、涙ながらに、完璧な「後悔」と「償い」の物語を語り始めた。
「私は…掲示板であなたを誹謗中傷し、深く傷つけてしまいました…。あなたの、その眩いばかりの才能に、嫉妬してしまったんです…! どうか、もう一度だけ、あなたの隣で、あなたを支えるチャンスをください…!」
そのあまりに感動的なスピーチに、会場は同情的な拍手に包まれ、莉愛ですらもらい泣きしている。
しかし、俺だけは、その光景を、氷のように冷たい目で見つめていた。
彼女の応募動機は、そんな単純なものではない。俺という最高の「作品」を、自らの手で完成させたいという支配欲。そして、俺自身への、歪んだ執着。その瞳の奥に渦巻く、どす黒い感情を、俺の「神眼」は見抜いていた。
その、感動的なスピーチの、途中だった。
応募者席に座っていた白石紬が、静かに、しかし凛とした声で立ち上がった。
「――嘘を、つかないでください、佐々木さん!」
白石は、スマホを取り出し、その画面を佐々木さんに見せつけた。そこには、彼女と田中がカフェで密会している写真が、はっきりと写っていた。
「これは、匿名の捨て垢から、私のアカウントに送られてきたものです。あなたの元先輩だから、私にはわかります。…これは、紛れもなく、あなたよ!」
「あら、白石さん。そんなもの、どこから拾ってきたのかしら?」佐々木さんは、なおも平静を装う。
玲奈が、冷たく言い放つ。
「佐々木さん。私たちのアカウントにも、同じタレコミがありましたわ。その写真と、そして――あなたが、全ての元凶である**『月影』**であることもね」
「……あはっ」
佐々木さんは、突然、乾いた笑い声を上げた。
「あはははははははははっ!!」
彼女は、それまでの悲劇のヒロインの仮面を脱ぎ捨て、狂ったように笑い続けた。
「バレちゃあ、仕方ないわね。そうなのよ、私が『月影』! 私が、この子をここまで育ててあげたのよ!」
彼女は俺を指差す。「昔、付き合ってた彼氏が、売れないアイドルでね。私のプロデュース能力が足りなくて、彼をスターにしてあげられなかった。壊しちゃったのよ。そんな時に、見つけたの。神谷圭佑っていう、最高のおもちゃを!」
「だから、最高の舞台を用意してあげたの! アンチが沸けば、炎上すれば、スターになれる! 私の理論は、間違ってなかったでしょ!?」
俺は、その狂気の独白を、静かに聞いていた。そして、ポケットからスマホを取り出し、彼女に見せつける。
画面には、ゲリラ配信中の、天文学的な同接数が表示されていた。
「悪いな、佐々木さん。……始めから、全部、配信してたんだ」
「なっ……なんですって!?」
「――正体、現したな」
俺のその一言を合図に、ホールの扉が勢いよく開かれ、執事の爺とSPたちが雪崩れ込んできた。彼らは、一切の躊躇なく佐々木さんを取り押さえる。
連行される途中、彼女は、俺と、そして配信カメラに向かって、最後の捨て台詞を吐いた。
「田中! あんたも見てるんでしょ! あんたも終わりよ!」
その声は、どこかの部屋でこの配信を見て震えているであろう、哀れな共犯者に向けられた、呪いの言葉だった。
その、あまりに劇的な「公開処刑」の様子は、瞬く間にネット上で切り抜かれ、拡散された。
俺は、この日、自らの手で、最初の悪魔を地獄へと突き落とした。
佐々木美月という悪魔が連行され、熱狂と狂騒が過ぎ去った夜。
合格者となった7名の少女たちもそれぞれの家路につき、静けさを取り戻したリビングで、俺と玲奈、莉愛は、大型テレビで流れるニュースをぼんやりと眺めていた。
そこに映し出されたのは、衝撃的なニュースだった。
『人気女優・北条マキさん、ネットでの誹謗中傷による心労が原因で、無期限の活動休止を発表』
「え、この人、私好きだったのに…」莉愛がショックを受けたように呟く。
俺も、テレビ画面を睨みつけ、ポツリと、しかし強い悔しさを滲ませて言った。
「……俺、この人のドラマ、毎週見てたのに……」
続いて、コメンテーターが「先日、誹謗中傷に対する法改正が行われ、厳罰化が決定しましたが…」と語り始める。
「法ができたって、声を上げられない奴らがいる」俺は、吐き捨てるように言った。「弁護士を雇う金もなくて、ただ誹謗中傷に耐えてる連中が、ごまんといるんだ。結局、この世は『金』なんだよ」
玲奈が、俺の言葉に、そしてその瞳に宿る怒りの根源に、ハッと息を呑む。彼の怒りは、もはや佐々木個人に向けられたものではなかった。この社会に蔓延る、匿名の悪意そのものに向けられていた。
俺は、リモコンでテレビを消すと、決意を固めて、玲奈と莉愛に宣言した。
「俺は、アイドルグループを作るだけじゃ、満足できない」
「事務所とか…?」莉愛が、きょとんとした顔で聞き返す。
「そうだ。『事務所』を設立する」
「俺みたいに、才能はあっても、金やコネがなくて、匿名の悪意に潰されていくクリエイターたちを守るための、『箱舟』を」
「法律が救えない人間を、俺が救う。俺の好きなエンタメを、これ以上、くだらない悪意で消させないための場所を作るんだ。――それが、『K-MAX CREATE』だ」
その、王の決意表明を聞き、莉愛の顔が、みるみるうちに輝いていく。
「なにそれ! めっちゃカッコいいじゃん!」
そして、彼女は俺の胸をポンと叩きながら、少し怒ったように、しかし最高の笑顔で言った。
「でもね、圭佑くん! それは、圭佑くん一人の戦いじゃない! 私たちも、お姉ちゃんも、皆、見えないところで戦ってるんだからね! 忘れないでよ!」
その言葉に、俺はハッとした。そうだ、俺はもう一人じゃない。
隣で、玲奈が、まるでその言葉を待っていたかのように、美しく、そして不敵に微笑んだ。
「素晴らしい決意よ、神谷さん。そして、莉愛の言う通りよ。いつまでもこんな秘密のアジトに隠れているわけにはいかないわね」
「あなたの『箱舟』に相応しい、新しい『城』を用意しましょう。世間に対して、私たちが何者であるかを、正々堂々と見せつけるための、公の舞台を」
玲奈のその言葉は、俺たちの戦いが、水面下の復讐劇から、世界を相手取る、公然の「戦争」へとステージを上げることを告げる、号砲のようだった。
関連項目
- 本家ページ / 圭佑と女神の配信劇
ウンコ村松彰
生IP隠して本名と住所隠さず
どうして自分だけ実質規制みたいなの食らってるのか胸に手を当てて考えてみよう!
殺害予告したおかげでリアルで構ってもらえそうで良かったな村松彰
愛知県警は留置場の待遇悪いらしいけど頑張れよ
殺害予告の件でガサを食らうリスクがあるから
泣く泣く愛蔵の児童ポルノを処分するイチゴキャンディ村松彰
唯一の資産を失ってショックで荒らしも手につかない
・第二次大戦で戦勝国になったから財閥が現存。なぜだか分からんが財閥の権力が増している。
・日本以外は温暖化しているから製氷業が基幹産業か。財閥の冷蔵庫に冷食があるところから日本でも貴重品か。
・水資源が豊富だから氷を輸出している?
・なぜだか分からんが文化背景は現代日本に酷似している。
・全ての登場人物の知能が著しく低い。政府が意図的に操作している?
私は65歳の人生が詰んでいる荒らし爺、村松彰です。
〒444-0871 愛知県岡崎市大西2丁目8−3 に生息しており
子供部屋おぢさんとして40年以上のキャリアがあります。
この国を守るため、2025年07月14日に愛知県で自民党もしくは参政党の議員をナイフで滅多刺しにして殺します。
警察に通報したいならやりなさい。必ず私は実行します。
私のIPアドレスとユーザーエージェントは以下の通りです。
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仮に彰じゃないとしたら順平かな
どちらにせよ顔真っ赤で草なんよ
syamu_mad黄金時代のファンが居たとしても
チテ以外は順平叩きに回るでしょ普通
(テコ朴と世界観を共有している可能性が)濃いすか?
誰とは言わんが特定のちんきゅうに異常に嫉妬&粘着してる奴なんて地球上に一人しか居ないでしょ
私は65歳の人生が詰んでいる荒らし爺、村松彰です。
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この国を守るため、2025年07月14日に愛知県で自民党もしくは参政党の議員をナイフで滅多刺しにして殺します。
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ソフトバンク回線でワロタ
レジプロ刺せるわけないから生確定
何とは言わんが殺害予告に関しては具体的な議員名出した方が捕まりやすいと思うよ
例の名前完全規制
好き嫌いとかここで嘲笑されるたびにフスッて書き直す
いい加減にせえよ業人
更に罪を重ねてしまう💩むらまつ
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ドルオタ変態ド.レ゙.あ゙.し゛とロリコン村松彰を🔪で滅多刺身にしてCocosぞ〜
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この国を守るため、2025年07月14日に愛知県で自民党もしくは参政党の議員をナイフで滅多刺しにして殺します。
警察に通報したいならやりなさい。必ず私は実行します。
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IP: 2a00:16b0:1:243::7012:a500
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ト゛.レ゙.あ゙.し゛←この𓃟の名前を書き込むと自動でコピペに変換されるよ!
ト゛.レ゙.あ゙.し゛がチェキ撮ってる横から🔪で滅多刺し身にしてコロ助ナリよ〜
ト゛レ゙.あ゙.し゛が地下ドルのライブで脱糞した
あたまおかしなるで(手遅れ)
ト゛.レ.あ゙.し゛さん自分の悪口だけ自動でIPと犯行予告に書き換えて言論統制やめてクカさいw、表現の自由が必要です。
ト゛.レ.あ゙.し゛テ゛.フ゛
ちなみにいくらコメント欄を荒らしてもこの記事の更新は止まらないので心配しなくて大丈夫ですよ
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書込みテスト
村松彰死ね
どれあじに親を殺された男(41)
(61)
なんか既視感あると思ったら高橋嘉之だわ
島田がド○○○ポジ
💩むらまつって高橋嘉之よりかなり年上なんか
一応働いてた時期もあるから高橋嘉之のほうが格は上やけどね
無職の高齢統失爺はどの個体も同じような感じに収束していくんやなって
せいぜいターゲットにされないように距離を取るに限る
(💢彰*彰)👉📱フシー💢
ここの管理人はド○○○とか言い出したし
いよいよ頭の病気が進行してきたな彰
某おさかなの名前を書くと論文に変換されるってマジ?
自分に殺害予告しだすのは草
へきへきリスペクトすぎる
ネット上で参院選候補者の殺害ほのめかした疑い 会社員逮捕
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20250711/1000119529.html
うんこ村松も警察に目をつけられてそう
俺も通報したからな
何とは言わんが議員、だけじゃなく具体的な名前も挙げるといいと思います!
誰も浜川先生の作品の話してない
💩💢オラを見てええええ!
AIの作品なんだよなぁ…
💩むらまつが聞いてもないのに置き換えられましたとか必死にアピールしてるの草
内心クッソ焦ってそう
あの名前を書いたら論文に置き換えられるってマジ!?
掲示板荒らしとか言う何の生産性もない行為にここまで情熱注げるとか頭時間じゃないと無理だろ
暑さで村松爺(65)の脳味噌腐ったんかなぁ
主人公は何時になったら努力とか客観視とかしたりするの?
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子供部屋おぢさんとして40年以上のキャリアがあります。
この国を守るため、2025年07月15日に愛知県で自民党もしくは参政党の議員をナイフで滅多刺しにして殺します。
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ドっさんテ゛フ゛すぎて草
ドっさん𓃟の名前書き込むだけで村松コピペに自動で置き換えられるシステムなの草